壱
力を手に入れた男に問いかけた
愛も情も友も捨て 手に入れた力は心地よいか
男は答えた
まだ足りぬ もっと力が無ければ
力を手に入れた女に問いかけた
愛も情も友からも逃げ 手に入れた力は心地よいか
女は答えた
もう充分 もっとも覚悟を決めなければ
豊臣秀吉。織田信長、徳川家康と続いて知らぬ者を探すのが困難なほど有名な武将の一人である。
天下を目前にして息絶えた、天下人のなりそこない。
だが後年語り継がれているように、様々な軍略や政略を張り巡らせている。
人の心を掴むのに長け、彼に集まるは才のあるものばかり。
そんな豊臣秀吉に心酔している一人である男、竹中半兵衛が目の前に立っていた。
しなやかに伸びる不思議な構造をしている刀によって喉元を裂かれ、蹲る私を見下ろして。
これで何回目かな、殺されるのは。
刀身が首に纏わりついたかと思えば、見事な血飛沫が舞っていた。
頸動脈を派手にいっちゃったな。首元を押さえるとボタボタと大きめの滴が落ちて、砂に吸われていく。
吸いきれなくなった血は血だまりになり、足を濡らした。
豊臣の屋敷に招待されたことで油断していた。
サヤカちゃんに不死の神子だと紹介してもらい、笑顔で迎えてくれた竹中さんに一人ついていった。
残念なことにサヤカちゃんは孫市さんに報告しにいかなければならないらしい。
屋敷内では仮面はつけてないんだ、なんて考えながら半兵衛の後ろを歩いていた結果このざまだ。まさか振り向きざまに切られるとは。
喉までせり上がってきた血を呑み下し、真っ赤になった口内を見せつけるように笑った。
「不死の神子ってのはお分かりいただけたでしょうか?」
「不死の神子、黒兎。想像していたよりずっと頼りないな。
悪いけど僕が満足するまで殺させてもらうよ。一回だけなら仕掛けがあるかもしれないからね」
疑いの目を向ける半兵衛は再び刀を構える。
絶対の信頼を向けられるより、こちらの方が心地よい。
疑うだけ疑えばいい。私は生き返ることが出来れば、元の世界に戻ることが出来れば充分だ。
出会ったばかりの人に理不尽なまでに切り刻まれる。
着物は再生しないというのに。文句垂れると、あとで代わりの服を用意すると言われた。
姫様の着物じゃなくて良かった。穴は開いていたもの、勿体ないからと元就に貰った巫女装束を羽織ったのが正解だったようだ。
心臓を貫かれたり、喉に刀を刺し込まれたり、一つ一つが致命傷に陥る。
それでも端から再生し続ける体は、死を知らないよう。
半兵衛の気が済むまで何度も殺され、何度も生き返った。
「本当に、不死の神子なんだね」
流れ出した血は時間とともに消滅していくから、半兵衛の刀には汚れ一つついていない。
呆れるような、感心するような溜息を零し、半兵衛は刀を収めた。
「どうせここで追い返しても、噂通りなら兵士を皆殺しにすることだって出来るのだろう?
秀吉に会わせてあげるよ。おいで」
凛とした表情は病的な白さと細身をカバーする気迫がある。
しゃんと伸びた背筋を向け、前を歩く半兵衛の尻を撫でると、鞭のような刀身でぶたれた。
想像通りの女王様っぷりに、早速屈させてやりたいと嫌な癖が出そうになった。