弐拾参



暫くお喋りしていると、聞き手に徹していた軒猿さんが口を開いた。
丁寧な口調ではなく、慶次のような気を許した気軽な口調。
どうやら人が近づいているらしい。

さっきまでと同じように話を続けると、軒猿さんは明るく相槌を入れてくれる。
芸達者な人だ。大根役者の私と比べると際立つ。
俳優さんになれるんじゃないだろうか。
どんな役でも出来る気がする。現代の怪人二十面相、とか言われちゃったりして。

軒猿さんに気を取られていたせいで、襖の向こうからの声に驚いてしまった。
上手く声が出せない私の代わりに軒猿さんが返事をしてくれた。
……声真似どころか、私の行動を理解しすぎじゃない?

動揺のあまり、招いた立場なのに自分で襖を開けてしまった。
目を丸くするおっちゃんに、笑って誤魔化す。
軒猿さんが援護してくれなければボロを出していたかもしれない。
冷ややかな感情に、暖かな表情を纏う軒猿さんにおっちゃんは気づかないようだ。本物の慶次だと勘違いしている。



「手違いがありまして、部屋の変更をお知らせしに参りました。お手数ですが前田様、ご同行をお願いします」



心の中でほくそえむ。
どうやら二人っきりにしたのは相手側のミスらしい。
バラバラにして私の目が届かないところで慶次を人質にする。化け物の体を持っていても、遠くで人質を取られれば助けにいくことも叶わない。
常識はずれの行動を起こせても、奇跡は起こせない化け物。よく分かっている。

しかし後手に回っていることを教えてくれたお陰で、こちらは先手を取れていることが分かった。


流石年の功というべきか、おっちゃんは感情を読み取ることを許してくれなかった。
その上元就の旦那だと立場をちらつかされ、冷や水を浴びせられる。


「未来の女性は貞操概念がないと思っても宜しいので?」



突かれると痛い点をあっさりと突いてくれたな。
男と一緒に寝ることがどんな意味を持つのか知らないわけがない。
でも画面を通して見慣れている人たちを恋情を持って見れないのと、もし間違いが起きても片手でねじ伏せることが出来る力が貞操概念を薄れさせている。
……いや、貞操は護る気満々なんだけどさ。

ここで怒ったり悲しんだりしたら部屋を相手の思う壺だ。
あくまでも黒兎らしさを失ってはいけない。



「違うね! 慶次が貞操を奪えないヘタレなだけだ!」

「俺かよ!」

「まぁ奪おうとしたら本気で抵抗するけど。意地でも護る。大事なとこ潰してでも抵抗する」

「マジで痛いからやめて」



漫談が緊張感を削いでくれた。
軽口を叩きながら鎌を取り出す。油断しているおっちゃんの首に刃を宛がうと、信じられないと息を呑む音が聞こえた。
この人にはこっちの駒になってもらおう。



「人質になってもらうよ。まぁ、朝までの短い間だ。仲良くしようよ」

「朝……、まさか!」

「確かおっちゃんが話していたよね。朝になったらやってくるって。追い返しちゃ駄目だよ、その子は使える」

「え、誰か来るのかい?」

「朝になったら教えるよ」



分からないフリをしているが、軒猿さんも忍なら知っているだろう。
先見の巫女、鶴姫。歓迎すべき来客者だ。
同じ巫女として仲良くしたいところだね。

首を刈り取るように鎌を押し当てたまま廊下に出る。
目指すは元就達のいる広間。
平和的に話し合いで解決したいけど相手次第だよねー。


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