弐拾
かえりたい。
かえりたい場所が分からない。
元の世界にかえりたいのか、それとも武田にかえりたいのか。
それとも生きかえりたいのか。
このままでは危険だ。
変態の巫女、じゃなくて不死の神子と呼ばれている私が照れと情で引導をやすやすと渡してたまるか。
残りたいと思っても何処に残るというんだ。それに化け物の体のまま、この世界に留まるなんて嫌だ。
生きとし生けるもの、必ず死が訪れる。
しかし死んでいる者に再び死が訪れることはない。
気づいた呪いに伸ばしかけた手を引っ込める。
望んじゃ駄目だ。望みたくなかった。
希望の光に見えたものは、地獄の門を照らす灯篭だった。
真摯な視線から目を離す。
ここでフラグ立ててたまるか。選択肢を間違えないように気をつけよう。
二重人格のフリをする
→話を変える
脱ぐ
「ありがとう。でももう夜遅いし、そろそろ寝ないか?」
「そんな遅い? あー、黒兎って寝るの早いもんな」
「ふむ、早寝とは良い心がけだ。日輪を清清しい気分で拝むことが出来る」
上手く話を逸らせそうだ。
恍惚と日輪に思いを馳せる元就に乾いた笑いで返事をする。
慶次が夜早いと勘違いしているのは無理も無い。
一日目は酒を呑んで久々の睡眠に耽り、二日目は慶次の恋愛観にウンザリして布団に逃げ込んだのだから。
今回も逃げ出すための口実に睡眠を選んだ。
携帯の電源を入れ、時間を確認するとまだ八時になったばかりだった。
確かに寝るには早すぎる時間だな。
布団にもぐって朝まで思想で時間を潰すには苦しい。
更に別の話をして話を脱線させつつ、時間稼ぎしよう。
そういえば、
「今まで話してなかったけど、正室って武田信玄なんだ」
「えぇええ信玄が!?」
「武田の老いぼれ、だと!? 四国の鬼より滅ぼさねばならぬ者が現れたな」
「お館様にツン!?」
初めに娶ったのはお館様だったなぁ。出会い頭のプロポーズによく承諾してくれたもんだ。
正室がお館様だという情報はよほどインパクトがあったらしい。
対称的な二人が同じような反応を示すことが可笑しくて笑いそうになった。
身を乗り出す二人を押し返し、聞き逃せない元就の言葉を咎める。
「愛すべき嫁を老いぼれ呼ばわりするのは許さないよ。やめないならこれからオクラって呼び続ける。
オクラオクラオクラオクラオクラクラクラ、そしてオクラ、されどオクラ。オクラホマミキサーって有名だよね。
さて私はオクラと何回言ったでしょう!! あとオクラが相手でも武田に攻め入ったら怒るよ」
「……甲斐の虎など武田の老いぼれで十分だ。我が手を下さぬとも直武田は衰退する。最後に天下を掴むのは我だ。10回」
「え、嘘。13かと思った」
「一応数えてくれてたんだ。ありがとう、そしてごめん。覚えてない」
普段聞き流されても気にしない程度のボケだから真面目に数えてくれてるとは思わなかった。
こんなことなら、ちゃんと数えておけば良かった。
「まぁ良い。我が正しいのだからな。さて、武田……四国の鬼を攻める算段だが。
厳島におびき寄せ、」
言い直したけど、武田って言いましたねこのオクラめ。
どうしてやろうかと考えていると、障子が開き、かしこまった様子の男性が現れた。
男性は一回り以上若い元就に頭を下げたまま、まず謝罪を述べた。
「話を遮ってしまい申し訳ありません。ですが至急お耳にいれていただきたいことでございます。
輝元様方も広間で待っておられます」
「……すぐに行く」
「はい、お待ちしております。黒兎様、慶次様は寝屋を整えております。
長い話になりますゆえ、先にお休みくださいませ」
至れり尽くせりの待遇を受けているというのに違和感がある。
元就を迎えに来た男性の冷たい目が、不安を生んだのかもしれない。
部屋を出るとき慶次を睨みつけ、次の瞬間私に微笑むという小技を見せてくれた元就を見送り、視線を落とした。
胸騒ぎがした。嫌な予感が、する。
予感は当たり、通された部屋には一つの布団しか引かれていなかった。
これ、元就が見たら絶対修羅場に陥るじゃん。