拾玖

どうやら元就と慶次は折り合いが悪いらしい。
背後で喧嘩をされてるせいで集中しづらい。耳を塞ごうにも化け物並の聴力相手では気休めにもならない。
慶次が自ら私の嫁だと宣言すると、元就が凄い剣幕で私に事実を確認してきた。
否定する理由もなかったから素直に頷く。

わなわなと唇を震わす元就は、"嫉妬"をしてくれているのか。

死んで化け物になったせいで柵から開放されて、何かに固執することがなくなってしまった私はそういう感情を忘れてしまった。
人を殺すことに恐怖はあるけど、実際戦場に立ってしまえば消えてしまう感情だ。証拠に桶狭間やいつきのところで人を甚振ることに躊躇いはなかった。
元就を落ち着かせるためにも地図を折りたたみ、視界に入らぬ場所に移動させた。

座布団に改めて座りなおし、慶次を見上げ、次に元就を見据えた。
テレビ画面を通して見てきた仮想の人物。二人とも個性(キャラクター)として大好きだ。
なら人としてどうだろう。
慶次は……、そうだな。親切で明るい、爽やかな好青年といった雰囲気だ。それに一緒にいて楽しいし、友達だと思っている。
好きだ。
元就は自分にも相手にも厳しい。優しく手を握ったかと思えば、慶次を人質にして脅してきたり、思いっきり人のことを蹴ったりしてくる。
好き、にはまだなってない。



「元就は私が好きなのか?」

「……それを、今、問うのか」

「うん。好きだとしたら何処が好きなのか具体的に聞きたい」



何故。訝しげに問う元就は照れているのか、若干頬が赤い気がする。
女の子っていうのは声に出して言ってもらいたいもんなんだよ。適当に諭して、答えを促す。
私がよっぽどの自意識過剰でなければ元就の好意が本物だと気づいている。
それが愛されているといっても過言ではないほど深いものだということも。

理解できなかった。
なんで自分なのか。自分のどこがいいのか。
元就に近づいたのも打算だった。
情報源として利用する気で、嫁に出来なくても脅して情報を得ようと思っていた。
その上、純粋に私を見つめてくる元就の視線に対して、罪悪感の欠片も湧いてこない。



「黒兎は初めて我に真っ直ぐな愛を投げかけた人間だ。
それに、ザビー様の所で読んだ恋愛小説と同じ台詞で我に愛を囁いてくれた」

「まさかのネオロマ愛読書!?」

「きっかけなど単純よ。あとは我の愛が深まるだけ。
第二の日輪よ。我の愛を身に受けるがよい」



好奇心と探究心を満たすための質問だったが、思わぬダメージを受けてしまった。
ネオロマ好きなのね。女性向けの小説を読んでたとは。
つっこみたい点も多々あるが、バサラだからの一言で済まされるのが恐ろしいよね。
というか完全に私が男ポジションじゃん。お前はそれでいいのか。
デレ期か。デレ期なのか。この流れだと後で酷いツンが来る気がする。
フラグを叩き折るため、姿勢を正した。



「化け物の上、浮気性。おまけに変態だけど」

「逆に問うが、我が化け物で浮気性。その上変態だったらどうする」

「て、程度によるけど、戸惑う」

「そうだ。戸惑いはしても、嫌いにはならぬ」

「じゃあ私が化け物じゃなくなったら? 一気に弱くなるから邪魔になるよ。
簡単な怪我でくたばって、処理は楽かもしれないけど」

「我の近くにおればよいではないか」



あまりに男前な元就に、本気でフラグが立ちそうな件について。
化け物じゃない私まで受け入れ態勢万全な理由を説明してください。やっぱり遠慮します、聞きたくありません。

嫌だ。耳を塞いでしまいたかった。
大事な人を作りたくない。
この世界に未練を残したくない。



「なぁ黒兎。俺は黒兎の苦悩や悲哀の理由は分かんないけど、悩んでいることや悲しんでいることは分かる。
そして黒兎が俺らを遠ざけていることも」



慶次の優しい声が心地よく染み渡る。
バレていた。否定しようにも言葉が出てこない。



「黒兎が帰りたい世界にはきっと黒兎の大切な人がいるんだろうな。
でも黒兎のことを気にかけている人はここにもたくさんいる。
黒兎さ、帰ってくるたびに何度おかえりって言っても、お邪魔しますって返すんだって?」

「……お館様がそう言ってたのか?」

「北の地で、誰かが残していった風呂敷の中に稲穂がいっぱい詰まってたらしい。
おかげで一度廃れた土地を耕す気力が沸いてきた、あの時の神子に米を食べさせてやりたいっていってた子がいるんだって」

「上杉さんに持たされた分だ……」



だから優しくされるのは嫌なんだ。
嬉しくて、浮き立って、執着してしまう。
こんなときなんて言えばいいのか分からなくて。

逃げ出してしまいたい足を縫いとめたまま。
ここに居たいと言ってしまいそうな唇を噛んだ。



prev * 176/341 * next
+bookmark
| TOP | NOVEL | LIST |
「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -