拾壱
毛利家の夫となるべき者には相応しい格好をしてもらわねばならない。
城につくと夫と言いながらも威圧的な態度で元就に叱られた。
どうやら服装がみすぼらしすぎる、とのことだ。風呂に入れられ、新しい着物に袖を通す。
ちなみに一から十まで女中さんが手伝ってくれた。お姫様じゃないんだから、体まで洗わなくていいのに……。
着替えぐらい自分で出来ると何度言っても頑なに仕事を譲ろうとしない女中さんは無駄口一つ叩かず着付けてくれた。
元就が治めているだけあって精錬された人たちだ。
しかし戸を閉め、部屋を離れた瞬間お喋りを始める女中の声を拾い上げ、小さく笑った。
彼女らも人間、元就の旦那と名乗る女子について面白おかしく想像しているのだろう。
普段着崩して着ているせいかきっちりと着付けられた着物に違和感を覚える。
道中で汚れた身体は清められ、髪の毛は綺麗に結われている。
新緑から深緑へとグラデーションの美しい着物に、山吹色の角帯。
遊郭を潜入したときのような煌びやかさはないが、別の美しさを持つ。
部屋に入ると真っ先に慶次が素直な驚きを示した。
「黒兎って化けるよなぁ」
「惚れ直した?」
「うーん、俺的にはもうちょっと可愛い格好が良いな」
「ふむ、見れるようにはなった」
慶次は可愛い系が好きなのか。
元就のデレにホクホクしつつ、慶次にどんな可愛い装飾品をつけてやろうかと思案する。
きっと慶次は私に可愛い格好をさせたいんだろうが、ここは敢えて捻じ曲げて受け止めてしまおう。髪の毛長いし髪飾りが良いかな。
上座に腰掛けた元就が目を細めた。
「して黒兎と抜かしたな、化け物」
「愛を込めて黒兎と呼んでくれ、オクラ」
「斬られても死なない化け物と聞いたが真か」
「オクラに切られても焼かれても死なない自信あるよ」
「まぁ目の前で十分化け物だというのは確認させてもらったが」
「打ち所が悪いとオクラがデレ期突入するっていうのも確認させてもらったよ」
「……」
「……」
無言の牽制。
何べんも化け物化け物言いやがって。傷つくことはもう無いけど腹立つよ。
下衆とか外道とか虫けらとか罵るならまだしも化け物っていう罵声が可笑しい。
黒兎怒っちゃう! ……あー、自分のキャラに疲れるわ。
初めの壮絶なデレのせいで本領を発揮できない。うん、元就のせいだ。
口だけで笑みを作り、元就を睨む。セクハラしてやるセクハラしてやるセクハラしてやる。
邪な想いが伝わってしまったのか、先に目を逸らしたのは元就の方だった。
おい慶次、距離を取ったことぐらい音で分かるからな。
「で、私に力を借りなきゃいけないほどの敵がいんの? それとも私を所有することによって周りに牽制するつもり?」
「どちらも違う。貴様は自ら化け物と語りながら使い方も知らぬとはな」
ふん、と鼻を鳴らす元就にカチンと来たが、それを打ち消すほどの疑問が浮かぶ。
化け物の、使い方? 武器か象徴としての使い方しか無いと思っていた。
焦りを悟られぬよう、あらかじめ敷いてあった座布団に腰掛ける。
元就の正面に座ると、真っ直ぐと見据えた。元就の目がゆっくりと細められる。
端正な顔が作り出した笑みに見惚れそうになった。美形に耐性がついててよかった。
「不死の神子の噂は日ノ本に知れ渡っている。恐らく安芸にいることも伝わっている」
「……噂ってどんなのか詳しく教えて」
「巫女装束に身を包んだ変態好色天狗。何度殺しても死ぬことはなく、好みの男がいれば嫁に欲し、時には性的暴行を働く」
調子乗ったツケが噂で回ってくるとは。いや、合ってるけどさ。
大体あってるんだけどさ! ただ、性的暴行とか生々しいからやめてほしい!
慶次は慶次で笑い堪えてるし。あとで覚えてろよ。
「さて、本題に入るぞ。黒兎よ、何処から来たか正直に吐け」
まずい。
今度は私が目を逸らした。