弐
安芸国吉田郡山城。毛利元就の本拠地だ。
元就の性格からして用心深くいかねばならないと踏んでいたが、様子が可笑しい。
慶次もそれを感じ取り、顔を見合わせる。
城下町に活気はあるが、警備が手薄だ。すんなりと城の門まで来れた。
慶次が門番に『毛利に会いたい』と言うと予想だにしていなかった言葉が。
「毛利様なら愛に目覚めてしまったけぇおらんよ」
「「は?」」
思わず慶次とハモる。
愛に、目覚めた? 元就が? こらこら慶次、笑いを堪えてるのが見えてるよ。
嫌な予感、というか絶対あいつのせいだよなぁ。詳しく聞けば、やはり南蛮の宗教家の仕業らしい。
訳も分からぬまま攻め込まれ、喧騒と爆音の中、愛に目覚めたという元就。
残された兵士もほとほと困っていて、門番は主のいない城を守っているという可笑しな状態。
いつかきっと帰ってくるであろう主を待ちながら今日も明日も門番は城を守る。
門番にお礼を言い、城を後にした。
「毛利が愛に目覚めるとはねぇ。世の中わかんねぇな」
「嬉しそうだねー。恋に生きる男としては嬉しい?」
「そりゃあね」
へへっ、と嬉しそうに笑う慶次にセクハラしたい欲求を抑えこみつつ、出鼻を折られたことに困惑した。
ザビーに元就を取られるとは……っ!
先手必勝。後手に回ってしまった私は少々不利。
横で暢気に襲いたくなるような可愛い笑顔を浮かべる嫁を追い抜かすように早歩きになる。
さっさと九州に向かおう。
突然早歩きになった私を追いかける慶次も早歩き。と思ったが慶次の足を動かす速さは私よりも遅い。
そりゃそうだ。慶次の方が私よりも背が高いのだから。
疑問が解消されたと同時に優しさにまで気づいてしまった。
「……足短くなれ!」
「えぇー」
「わざわざ合わせて歩いてくれる慶次の優しさが嫌だ! 最近デレ多くて不安になる!」
「不憫だなぁ」
「言うな」
私だって分かってる! 自覚してるよ。
小太郎の優しさが痛いように、慶次のさりげない優しさが辛い。
ツンはポジティブシンキングに開き直れるが、デレだと反応が遅れてしまう。
慶次に甘えようかと思ったが往来でバカップルを披露するには気が引ける。
普段街中でイチャイチャするカップル見るとアテレコしたくなるぐらいイラッとくるからな。
「九州に行くぞ」
「へ、なんで?」
「さっき門番が言ってただろ。南蛮の宗教家がどうとかって。あれは恐らくザビーだ」
「ザビーって、あぁ、あの奇天烈な格好してる面白い南蛮人か。
そういえば愛がどうとか色々言ってた気がするけど微妙に話が合わなくてすぐに帰っちゃったっけなぁ」
しみじみと話してくれたところで、良い情報を手に入れたと一人ほくそえむ。
慶次とザビーは顔見知り。ならば潜入しやすい。
適当に暴れまわってザビー城をぶち壊し元就をお持ち帰り。我ながら素敵な作戦だ。
ザビーに恨みはないが、私の嫁(仮)を攫った(仮定)ということで退治する対象ということにしよう。
人通りの少なくなってきたところで慶次に飛びつき、上腕筋を撫で回し、髪を弄繰り回し、思う存分甘えまくる。
動揺のあまり動けなくなった慶次を置いて、私は笑いながら再び歩き始めた。