拾捌
「氏政様!」
「氏政さま!」
「氏政様ーっ」
ゆっくりと倒れる爺ちゃんに、兵士が駆け寄る。
刃を向けてくる兵(つわもの)もいたが、私は相手することなく逃げ出した。
爺ちゃんの腱を切った。戦どころか、もう満足に歩く事もできないだろう。
銃弾や、矢が体を貫いたが、血が吹き出るだけだと気にせず走った。
貫通しなかった弾は再生していく肉に押し出され、出ていく。
ころころと体から転がる弾に、まるで自分が生み出したようだと錯覚しそうになった。
橋のところまで逃げると、月が水面に映し出されているのに気づく。
こんなに綺麗な月夜なのに、血腥い惨劇が繰り広げられているのか。
その惨劇の真ん中に立つ私は、道化師だけれど。
才蔵、と小さく名前を呼ぶ。
想像していたより近い場所で声がして、驚いた。
水面の月を揺らし、橋の下から才蔵の声が聞こえる。
「お館様にすぐ連絡しな。今なら北条はあっさり落ちるよ」
「まさか黒兎?」
「勘違いしてもらっちゃ困るな。北条を武田の管轄にすれば、北条は暫く安全だ。
さ、早く行った行った。走れー」
「……」
ぽちゃん、と波紋を描き、音が消える。
これで、武田が北条を治めてくれれば一先ず安心だ。
北条は神子に裏切られ、武田によって落とされた。もしかしたら武田は神子と手を組んでいると思われるだろう。
一夜にして北条を落とした神子を後ろにおいている武田。その武田によって治められている北条。
北条を脅した奴は迂闊に手を出せなくなる。
爺ちゃんに暗躍者を尋ねる事は出来なかったのが残念だが、仕方が無い。
まぁ、寝ている爺ちゃんに尋ねるという方法もあるが……。
またアレと出会うのは勘弁したい。
それに爺ちゃんから聞いたってバレて、北条が危ない目にあっちゃいけないからな!
トン、と足音がすぐ後ろで聞こえた。
振り向こうとするが、肩ごと抱きしめられ止まる。
「風魔、離せ」
「……」
「私は小田原に残らないし、連れて行かない。風魔と一緒にいるつもりは一切ない」
冷たく突き放すが、小太郎の腕は緩まない。
小太郎の体はもうボロボロのはずだ。動ける筈がない。
纏わりつく痣、折れた骨、失われた体力。全部私のせいだ。
手に力を込め、絡められた腕を解く。
小太郎に向き合うと、青白い肌が浮き彫りになった。
月明かりのせいじゃない。血が足りないんだ。
満身創痍だというのに、姿勢よく立つ姿は忍としては立派だ。
だが、
「嫁に無理はさせたくない。お願いだ、休んでくれ」
「……」
何が彼をそう駆り立てているのか。
分からないが、今無理やり動けなくしても、小太郎はすぐに私を追いかけるだろう。
それでは意味がない。ここで説得しなければ。
言うつもりはなかったが、仕方がない。
「小太郎、実は私未来から来たんだ」