拾肆

地を蹴ると、条件反射か小太郎が動いた。
スピードはもちろん、反応も速いな。
小太郎の立っていた地面は鎌で抉れ、一筋の線が深く刻まれる。

突然の出来事に反応できていないのは才蔵。
すぐさま離れたのはいいが、暫く様子を見ることにしたらしい。
木の葉に隠れ、姿が見えなくなった。

鎌を構えたまま、首を傾ける。
歪んだ笑みを形作ると、喉を鳴らした。


「遠慮すんなよ。殺しても、死なない体だ。本気でこないと。
北条を護る為に小太郎は戦うんだろ?」

「……」


私一人が騒いだとして、兵が集まるかどうか。
侵入者が現れ暫く経っているとしても、持ち場を離れるとは思えない。
そこまで愚かな兵士たちでもないだろう。

それならそれでいい。
じわじわと侵略していこうじゃないか。
毒が体を蝕むように、内側から確実にやっていけば北条の爺ちゃんも重い腰を上げなければなくなる。
まずは小太郎。伝説の忍と呼ばれるほどの腕前がある奴を倒すだけで気力は削がれる。
足、それで駄目なら腕も折ってしまえ。
嫁に対して酷ではあるが、手を抜いているとバレるのも辛い。


「本当は小太郎が尻尾巻いて逃げてくれれば一番なんだけどさ」

「……」

「やっぱ難しいか」


再び地面を蹴るが、小太郎の姿を見失ってしまった。
首を後ろに回した瞬間、横腹を抉るような重い蹴り。
あっさりと地面に吹き飛ばされ、砂煙があがる。
口を開けていた所為で砂が入り、舌で口内を探るとザリザリとした感触が絡みついた。

うがいしたい。
なんて考えつつ、砂煙を脱出する。
騒ぎに駆けつけてくる忍もいないわけじゃなかったが、手を出すのすら躊躇われるのだろう。
立ち往生する忍に私は叫ぶ。


「私は北条を見限った! 何十人でも相手してやるから、かかってこいよ!
戸締りはちゃんとしておけよ」


に、と笑い、投げられた手裏剣を素手で受け止める。
顔よりも大きな手裏剣を両手で折り曲げると、適当に放った。
伝令に向かった忍を見送り、己の武器を構えた忍の正面に立つ。

誰も裏切られたと絶望していない。
まるで予想していたと言わんばかりの態度だ。
忍っていうのはあっけらかんとしてるな。もう一寸反応が欲しいよ。
憎しみとか、怒りとか、悲しみ、動揺とかさ。

点々と城に光が灯るのを見るところ、動揺はしているみたいだけど。


「さぁてレッツパーリィ、なんてな」


一斉に飛び道具が向かってきた。
漫画みたいに歯で受け止めようとしてみたが、口の中で砕ける金属。驚いて吐き出すが、まさか歯で金属を砕くとは。
それこそ漫画みたい、と自分を茶化してみる。

腕や肩、胸、脚、腹、首、頬にまで刃が刺さった姿で何を言おうが滑稽だな。
顔色変えず一つ一つ抜いていくと、忍達も表情を変えた。たじろぐ者までいる。
後ろに下がろうとして、砂が擦れる音が聞こえた。


「なぁ、逃がすと思う? 私が」


頬が裂けたせいで、口の中が血だらけだ。
真っ赤に染まった歯を剥きだし、顎を溢れ出した血が伝い、落ちる。
殺しはしない。痛めつけるだけだ。



「誰一人、逃がさないよ」



あ、やっと絶望してくれた。



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