拾壱


※小太郎視点



才蔵、と呼ばれていたか。
刺青を頬に刻んだ男を睨むように見下ろすと、真っ直ぐに睨み返された。
無愛想を絵に描いたような姿は、正直好感を持つことは出来ない。
黒兎に対する態度も気に食わない。任務ではない殺意を覚えたのは初めての感覚だ。

すん、と鼻を鳴らすが男から血の匂いは嗅ぎ取れなかった。
戦慣れしていない、情報収集などを専門とする忍びなのだろう。
黒ではなく、柿色の忍び装束に身を包んできたのが良い証拠だ。
闇に紛れるならば黒と勘違いするのもいるが、黒では逆に形が浮き上がって見えてしまう。
その点、男は幾分か賢い。北条に忍びこんでこなければ、だが。


武器などの戦いの手段は多いが、それだけ。
場数を踏んだこちらの方が有利。……怪我をしていなければ。


先刻の戦いのせいで激しく主張を続ける痛みは、薬で間に合いそうにない。
身体にまとわりつくようについた傷は自分の弱さによるもの。
黒兎に抱きつかれたからと浮かれ、反応が遅れた自分のせいだ。




黒兎の口ぶりや表情、雰囲気。男が黒兎にとって大切な人物であるのは違いない。
募る苛立ちを表面に出してしまうが、隠す必要もないだろう。
男はすぐにでも戦えるようにと武器に手を添えている。
そんな相手に気を使う必要なんてない。

黒兎に言われたとおり、大人しく帰りを待つ。
命令を聞くのは簡単だ。その通りにすればいいだけだから。
嫁になれ、というのは初めてだったが。


歩き神子。
てっきり同業者かと思ったが、どうやら違うらしい。


感情を隠さず。
気配を隠せず。
人を傷つけることに怯え。
人に傷つけられるのに慣れ。
忍とも兵士とも違い、戦国を生きるには難しい性格を持つ。



浮世離れした存在に惹かれた。


「お前も黒兎の嫁か?」

「……」


やぶから棒に何を、と思ったが、否定する必要もない故頷いた。
頷いて少し、男はどうなのだろうと気になった。
指差して、首を傾げる。意図を汲みとれず動揺しているようだったが、少しの間を置いたあと、理解したようだ。



「あぁ、お前の考えている通りだ。
俺も嫁の一人……、お互い苦労するな」



苦労、はしていない。
首を横に振ると驚いたように目を見開いた。
まるで馬鹿にされているように感じて、少し苛ついた。

黒兎が男とずっと話し込んでいるのを見ていたときから溜まっていた怒りが渦を描く。
知らない感情だ。



「……」

「ん?」

「……」



訳が分からない、と首を傾げる男に分かるよう、口を動かし言葉を象る。



か   え   れ



ひくり、と口元が引きつるのが見えた。
男の神経を逆撫でるよう、口角を吊り上げる。男が武器を取った。
この距離で有効的なのは忍者刀。
そして棒状の手裏剣だ。漆黒の手裏剣は闇に紛れ、見えづらい。

黒兎の気配がした。男は気づいていない。
男の手が動く。
いや、正確には動こうとした。




「才蔵ぅううううううううう!」




必死な叫び声と共に黒兎が男に飛びかかったせいで不発に終わったが。






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