※才蔵視点



小太郎、と呼ばれていたか。
視線を上げると、殺意を剥きだしに睨まれた。
鈍い黒兎は気づかなかったらしいが。……暢気なもんだ。


黒兎が居なくなったせいで、殺気が一層濃くなった。
動きからして怪我をしているらしいが、それでも俺と互角の強さ。
武器の種類や攻撃の手段の多さに自信はあるが、経験の差で少々不利。
かなりの手練だ。急所を確実に狙った戦いは、血腥い戦場を切り抜けてきた証拠。

密偵や監視、情報収集。
戦場に出ない任務しかしていない俺には多少辛い相手だ。


表情は伺えないが、純粋な苛立ちを感じた。
忍が感情を読み取られてはいけないのに、分かりやすい態度だ。
無表情を守りながら相手の出方を見ていたが、黒兎の言葉に従うつもりなのか微動だにしない。
切りかかってくるかと思って身構えていたが、杞憂に終わりそうだ。


この殺気といい、先程の雰囲気、従順具合。
こいつ、黒兎に好意を持っているのか?


伊達成実といい、こいつといい、物好きっていうのはどこにでもいるもんだな。
そういえば長も黒兎がいなくなって苛立っていたか。
幸村様は目に見えて分かるぐらい落ち込んでいらしたし、
信玄様も時折寂しそうな顔をお見せになる。

好き勝手にやってるくせに、悪い奴ではないと思わせるのがうまい。
たまに見せる弱さが卑怯だ。
実は忍なのではないかと疑ってしまうほど、人の心に入りこんでくる。



本当にタチが悪い。



「お前も黒兎の嫁か?」

「……」



少し気になって訪ねてみると、案の定頷かれた。
やっぱり、と一人ごちると首を傾げて、指差してきた。
意図を汲めずにいたが、やっと理解する。



「あぁ、お前の考えている通りだ。俺も嫁の一人……、お互い苦労するな」



同意されると思ったが、横に首を振られた。
黒兎に好意を持っているのは理解していたが、ここまでとは。


自分で嫁だと認める。こっちはそれすらも屈辱だというのに。
黒兎がこの場にいないのが幸いか。
本当になんで俺、あいつの嫁なんだ。
寧ろなんで嫁にしようとか考えるんだ。

……黒兎の考えを読むことなんて一生かかっても出来ないだろうな。



「……」

「ん?」

「……」



喋れないのかと思っていたが、口を動かし言葉を象る。



か   え   れ



ひくり、と口元が引きつるの感じた。
対照的に笑みを浮かべるのを見て、反射的に武器を手に取る。
この距離で有効的なのは忍者刀。
そして棒状の手裏剣だ。漆黒の手裏剣は闇に紛れ、見えづらい。

黒兎の顔が一瞬浮かんだ。
更に苛立ちを覚え、手裏剣を投げた。
いや、正確には投げようとした。



「才蔵ぅううううううううう!」




間抜けな叫び声と同時に黒兎が襲い掛かってきたせいで不発に終わったが。



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