北条の爺ちゃんにたっぷりと灸をすえられ、くたびれた心に癒しを与えるため携帯を開いた。
あの後魂が抜けたかのように動けなくなった小太郎を医務室に運んだのだが、
小太郎の身体には腕の形が痣となって巻きついていた。
見るも痛々しい痣は私の腕で、化け物じみた力に手当した医者も怯えていた。


小太郎が目覚めるまでの間、医務室の外で体育座りをして待つ。
携帯を開き、友人達との他愛ないメールのやりとりを眺めた。
データフォルダを開くと、今思うと何で撮ったんだろうと首を捻りたくなるような写真が並ぶ。
途中友人や家族の写真を見つけ、思わず顔を綻ばせた。



あ。



ふと親指が止まる。
携帯の小さな画面に映るは戦国乱世。
ここに来てから撮った写真だ。

血腥い時代で、私は化け物になり、偉人に仕えている。
教科書ぐらいでしか見聞きできない筈のそいつらは目の前で確かに存在している。


私の知らないところで生きて、私の知らないところで死んで。
それが普通だと思っていたのに関わってしまった。
笑うし、怒るし、泣くし、喜ぶし。
時間を共有したせいか、いつしか心まで傾きそうだ。


だからこそ、思う。



「帰りたい、なぁ」




情けないなぁ、私。
分かっていても弱さを口にしてしまう。
己を奮い立たせる方法が見つからない。

携帯を握り締めたまま、膝に顔を埋めた。



「帰りたい、のかなぁ」



問いかけるような呟きは何処に行くわけでもなく、膝で消滅した。
別れは誰にでも訪れる。それがいつ来るか分からないだけで、出会いの数だけ別れがある。
分かっているのに、割り切れない。


ガラリ、と襖の開く音に顔を上げると、小太郎が無音でこちらを見下ろしていた。
声を出すことも忘れ、先ほどの戯言を聞かれたかと不安になる。
いくら近くに人がいないといってもあれじゃあ愚痴っていると勘違いされてもおかしくない。

無理やり口角を上げ、笑みを作り上げる。



「小太郎、怪我大丈夫? ごめんなー、手加減とか出来なくてさ。
今度は尻撫でるだけに留めておくから!」

「……」

「だからいちいち優しさが痛い!!」



必死にボケているというのに頭を撫でてくる小太郎を睨みつける。
体中が痛くてたまらないであろうに、腕を上げるだけで皮膚が引っ張られて痛いだろうに。
目覚めて私の呟きを聞いてしまった小太郎は優しく頭を撫でる。



「私は大丈夫だって! 小太郎は怪我を治すことだけに専念しろ!!」

「……」



迷うような素振りを見せるが、こくこくと頷いてくれた。
うわぁあああ、可愛すぎるよこの生き物。私の嫁だと思うとたまらんよ。
また抱きつきたくなってきたなぁ。でも手加減できないしなぁ。
酒を飲むにはまだ安心できない。
力がなくなったと勘違いされたりしたら大変だ。

きっと、捨てられてしまう。


再び床に戻った小太郎を置いて、北条のお爺ちゃんの昔話を聞いているとあっという間に日が暮れた。
寝てしまったお爺ちゃんの次は門番と世間話。
他愛ない話が意外と楽しい。


一向に重たくなる気配のない目蓋を持ち上げ、笑う。
だが、ざわめきを拾い、談笑は終わりを告げた。




「侵入者だ」





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