弐
「小太郎、」
「……」
名前を呼ぶが視線すら向けてくれなかった。
もう一度さっきより大きな声で呼びかけてみたが、結果は同じ。
伝説の忍びが気づかない、というわけはないだろう。
完璧に無視されている。
夜空の下、栄光門の上。小太郎は一人腕を組んで佇んでいた。
私はというと上り方が分からず小太郎を見上げるだけ。
無視って結構堪えるよ。
今まで明確な殺意や敵意ばかり浴びせられていたが、それなりに反応は返ってきていた。
それが悪意のこもっていたものだとしても、何も返ってこないよりはマシだ。
疑われるような言動や、化け物のような態度をとってきたんだし。
動物に嫌われやすい体質なのが問題なのかな。
小太郎って勘鋭そうだし。うわー、それはやばいな。新婚初日に総無視って政略結婚でもない限りありえない。
あ、でも政略結婚に近いもんはあるか。
北条に仕える代わりに小太郎を嫁に。
武田に仕える代わりに幸村、佐助、才蔵を嫁に。
大体は交換条件がついていないと成功しないな。
お館様と謙信さんぐらいだよ。面白そうだからってOKしてくれたの。
「嫁ー」
「……」
お、少し反応した?
ピクリと動いた肩に、私は後ろで腕を組み、上半身を傾けた。
表情を伺うことはできないのが残念だが、こうやった少しの反応が嬉しい。
「無口なのはいいけどさ、コミュニケーションぐらい取ろうよ。
新婚夫婦なのに心の距離も体の距離も半端ないんだけど。私小太郎見上げすぎて首取れるかも」
「……!」
冗談のつもりだったのに、一瞬で私の前に下りてきた小太郎に思わず噴出してしまった。
大笑いする私に更に驚いて慌てふためく小太郎。
その様子がまるで動物のようで、腰をなでてしまった。
あ、語弊があるかもしれないから訂正。
動物のように愛らしかったから、ムラッときて腰をなでてしまった。
……うーん、これじゃあ単なる危ない人になるか。
逃げられないように羽交い絞めにしつつ、私は思案する。
武器を出してこないのはいいけれど、じたばたと暴れるってことは嫌がってるんだよなぁ。
しかもさっきまでの無視。返事を期待していたわけじゃないが、辛いもんは辛い。
でも嫁発言には反応してくれたか。他の人なら大体がスルーしようとしてくるのに。
それに一応私の心配はしてくれてるっぽいし。
ん、それだと私を無視していたことと辻褄が合わなくなるよな。
「小太郎、なんで無視すんの?」
「……」
「やっぱ私のこと嫌い?」
「……」
「え、そこで首傾げるのかよ!
ここは首を振ってくれて、え、本当? 実は、俺もお前のことが……。
っていうフラグだろ!?」
「……」
「あ、えと、フラグって言うのは……」
結局小太郎の無視の理由は分からないまま。
私は小太郎に色んな言葉を教えて朝を迎えた。
いらない知識ばっかり小太郎に植え付けてごめんなさい。