壱
いってきます
(ありがとう、さようなら
もう会いませんように)
「えっと、要約すると北条の爺ちゃんの栄華の為に私を雇いたい、と」
「そうぢゃ」
無理矢理に北条に連れてこられたかと思えば北条の爺ちゃんの長い長い昔話(妄想含む)。
爺ちゃんとこに連れてこられたときには青空が広がってた筈なのに、外に視線をそらせば夜空に星が散りばめられていた。
途中爺ちゃんが水虫で苦しんだ時と、ぎっくり腰で悶えていた時以外はずっと昔話を聞いていたという計算になる。
……私、お疲れ。
誰も労わってくれないし、誉めてくれないだろうから自画自賛しとこう。
私、やったね! 素敵! 抱いて!
うわーい、虚しい!
イマイチ上がらないテンションに悩んでると頭を撫でられた。
顔を上げると風魔小太郎が無言でこちらを見下ろしていた。
なんだこの可愛い生き物!
頭撫で回すぞこの野郎。うっかり癒されたじゃないか!
「爺ちゃん爺ちゃん!」
「なんぢゃい」
「伝説の忍を嫁にくれ!」
「若いのぅ。衆道で身を滅ぼした輩もおるから気をつけるんぢゃぞ」
「好色は諦めるけど、衆道ではないから。だが許可は貰った! よろしく、風魔小太郎」
「……」
抱きつこうとすればチャキ、と金属の擦れる音で小さな牽制。
気にせず手を伸ばすと姿が消え、背後に立たれ抱きつかれた。
といっても首元には小刀が宛がわれ、ついでに心の臓にまで刃先があてられている。
まぁ幸せだけどね!
殴られたり刺されたり斬られたりした私にとっちゃ、寸止めは優しさすら感じる!
「謙信さん達の前で名前呼ばなかったんだから許してよ」
名前を、正体を知ったものは殺す。風魔小太郎が存在する今、伝説である理由だ。
だからこそ上杉では名前を呼ばなかった。
「私の正体を知って雇おうとしてるんだろ? それなら分かる筈だ。
伝説じゃ化け物は殺せない」
「……」
「夜遅いしお爺ちゃんも寝たら? さっきから眠たそうだよ」
「年寄りを舐めるんぢゃないわい! もう半分以上意識が飛んでたわ」
「凄い無理してたーっ!」
明日からの話は明日に。
今日は大人しく寝ることになった。
それだけ伝えると眠ってしまったお爺ちゃんを小太郎が運ぶ。
おやすみ、お爺ちゃん!
……お爺ちゃんっていつか眠るように死にそうだなぁ。
なんて不謹慎にも考えてしまった。