弐拾参


久しぶりに巫女服に袖を通す。
お館様が準備してくれたのは巫女服しかなかったが、謙信さんが準備してくれたものには千早までついていた。
神楽や神事のときに巫女装束の上から羽織るもので、値段も結構するはず。
細やかな刺繍が施された布は恐らく絹だろう。羽織るのに躊躇しながらも、好奇心には勝てず羽織ってしまった。



「おぉ、」



肌を滑らかな感触が伝う。
上品な印象を持たせる巫女服に感動し、思わず感嘆の声を漏らした。
謙信さんの趣味良いな。


あ、決してお館様が悪趣味とかいう意味じゃないよ?
うん、マジで。


赤を基調とする武田。白を基調とする上杉。
同じ巫女服でも対照的な装束に私は知らぬうちに笑っていた。
鏡の前でひらひらと袖を振ったり、何度か回転してみたり、上杉の巫女服を堪能する。


これ知り合いに見られたら恥ずかしいな。


ふと我に返るが時既に遅し。
鏡から映る人影。後ろを振り向くと無音で風魔小太郎が腕を組み、佇んでいた。
予想外な展開、人物に動揺して言葉が出てこない。

搾り出すように出された言葉は



「み、見た?」



という情けないもの。
風魔小太郎はたくさんの間を置いた後ゆっくりと首を横に振る。

そこで情けなさの臨界点を突破した。



「気ぃ使わなくていいよ! 見たんだろ! ちくしょう、見たんだろ!!」

「……」

「どうせなら終わったころに障子を開けて現れて欲しかった!」

「……」

「へ?」



風が吹いたかと思えば、小太郎の姿が消えた。
何が起きたのか分からず目をぱちくりさせると、障子が開く。
几帳面にも障子を開けて入ってきた風魔小太郎は、これまた丁寧に障子を閉める。

改めて、風魔小太郎は腕を組み佇んだ。
先程無音のまま私の背後に居たときと同じ姿勢で、同じ場所に。



「優しさが痛い!! 別の意味で辛いし、いたたまれない気分になった」



うわぁああ! と両手で顔を覆うと後ろでわたわたと慌てるのが見えた。
同時に情けなさで一杯だった私の心で違うものが膨らみ始める。



「お詫びとして嫁に来て」

「……」

「今度は間を置いてくれないのか」


間髪いれず首を横に振られた。

地味に傷ついたよ。見られたほうがショックだったからそこまで苦にならないけど。
と、再び障子が開かれ、かすがが割り込んできた。



「黒兎、何を一人で騒いで……。あぁ、着替え終わったか。似合ってるぞ」

「かすがありがとー。じゃなくて! こっちに突っ込みは!?」

「こっちってどっちだ?」



不審そうに首を傾げるかすがに、え、と風魔小太郎がいた場所を見やる。


……いない?


部屋を見渡すが見当たらなかった。
まるで風が部屋を駆け抜けていったかのように居た形跡すらない。



「あー、えと、着替えたしそろそろ行くよ。そうだ、謙信さんや直江にも挨拶しにいかなきゃ」

「それにはおよびませんよ」

「謙信さん、実は待てない人ですか。あ、今度は直江が薔薇持つ係?」

「薔薇を持つ係じゃないぞ! 薔薇の収穫から、散らばった花びらを片付けるまで。
じゃんけんに負けたものが一週間交代でやる雑用だ。
じゃんけんは運だからな。無敵の俺もたまに負けてしまうのだ」

「実力勝負だったら直江未来永劫薔薇係決定だろ」

「なんだなんだ、無敵の俺に嫉妬か?」

「殺意涌いてきたー」

「これを一ヶ月続けてみろ。殺すだけじゃ飽き足らなくなるぞ」



そう真顔で言いのけるかすがは本気以外なにものでもない。
だから直江生きてたのか。だからつっこみがBASARA技だったりするのか。
上杉軍の謎がひとつ解けたよ。やったね。

納得した私はかすがを押し、謙信さんの隣に寄り添わせた。
困った中にも嬉しそうな表情を見せたかすがに満足し、三人から少し離れた。



「行ってきます」



三人は驚いたように少し目を見開き、笑う。
出てきたのは別れの言葉じゃなかった。私も笑った。



「あ」



ふと直江が呟く。
え、と後ろを振り向くと風魔小太郎。
謙信さんがやはりきましたね、と感心したように呟いた。


そして視界が反転。
いつの間にか青空が広がっていた。
風魔小太郎が私を抱えて飛びあがった、らしい。




……行ってきます。
状況が飲み込めない自分を落ち着かせるため、もう一度口の中で反復させた。










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