弐拾
直江の活躍(?)により無事慶次から逃げることが出来た。
慶次は私を捕まえることが出来なかったのがよっぽど悔しかったらしく、今日は城に泊まるらしい。
かすがからの報告に城の屋根で待機していた私は小さくため息をついた。
零れ落ちそうなほどたくさんの星の下、思わず手を伸ばすが、ひとつも掴むことはかなわなかった。
代わりに愚痴が零れてしまう。
「あーあ、夢吉がいなきゃ大丈夫だったのになー」
「動物は勘が鋭いからな。黒兎は今夜どうする?」
「かすがと一緒に寝る」
「ば、馬鹿者!」
抑えた声ではあったがはっきりと届いた怒声に、私は笑みを零した。
夜目も利くおかげでかすがの眉を思いっきり吊り上げた顔がちゃんと見える。
色が分からないけど、きっと真っ赤なのだろう。
「女の子同士一緒に寝ても何も可笑しくないじゃん。駄目かい?」
「私は忍だ。布団に包まって寝る必要がない」
「私は化け物だから寝なくてもいい。丁度いいし、私とお喋りしようよ」
「……わ、私は、その、化け物だとは思わないぞ。黒兎のこと」
驚いた。かすがの口からそんな言葉を聞けるなんて思いもしなかった。
目を丸くさせ何度か瞬きする。
かすがの言葉を咀嚼するように反復する。
緩む頬に、溢れる喜び。こそばゆい感覚に身を捩じらせた。
化け物じゃないなんて言われたの初めてだ。
この世界に来て、こんな体になって、化け物だと言われ続けていた。
何も言わない人はいたけど、面と向かって言われたのは初めてだな。
人に言われるのにも、自分で言うのにも慣れていたつもりだったのに、反則だ。
ありがとう、と笑うと照れくさそうに顔を逸らされた。
嘘でも嬉しい、なんて付け足したらかすがは悲しい顔をしてしまうんだろうな。
「そういや慶次見て思ったけど。桜見たいなぁ」
「桜なら小田原が有名だな。一度見に行ったが桜の木の下で微笑む謙信様はいつも以上に麗しかった……っ」
興奮し始めたかすがに乾いた笑いを漏らす。
こうなったら止められなさそうだな。なんてこの数日で順応してしまった自分が少し恐ろしい。
かすがの横に座り込み遠くを見つめると、夜だというのにはっきりと物の見える目が何か捕らえる。
あれは、人?
目を凝らすと、シルエットが浮かび上がってきた。
真っ直ぐに背筋を伸ばし、こちらを睨むようにじっと動かない。
かすがに報告しようと口を開いた瞬間、どこかへ消えてしまった。
「あ、」
間の抜けた声を漏らし立ち上がると、かすがも口を閉じ、訝しげに睨んでくる。
私は視線から逃れるように曖昧に笑うと、謙信さんを娶るの忘れてたと冗談めいた。
当然の如くかすがに斬られそうになったが。
眠気すらも感じない体でも、今宵は楽しく越すことが出来そうだ。
かすがの攻撃を避けながら、寂しくない夜に心を傾けた。