拾玖
……ただ、それって私が関係しているのかな。
私にとって武田が大切なように、武田も……。
嬉しさと気恥ずかしさがこみ上げ、情けなくも泣きたくなった。
人生は出会いと別れの繰り返し。
遅かれ早かれ出会いがあれば必ず別れがある。
慶次が武田に行ったのは私がいなくなってすぐだったのだろう。
何日もずるずると引きずるなんて愚の骨頂。武士として情けない。
何度も訪れる別れの一つにそこまで思い悩むこともない筈だ。
そう思ってるのに一日でも、一瞬でも寂しいと感じてくれて嬉しかった。
さて、と。
慶次を嫁にする方法だけど、何しようかな。
前田夫婦にも挨拶したいな。あわよくば利家を剥きたい。
1枚が0枚になるだけだし、大差ないよね。
あとは登場だけ。天井の板を突き破って謙信さんと慶次の間に割りいってみるか。
狭い天井裏で身体を捩らせ、狙いを定めた。その時だ。
「え」
猿の鳴き声と同時に超刀が天井板を突き破ったのは。
鞘に収められた状態ではあったが、当たればひとたまりもない勢い。
目と鼻の先に突き立てられる超刀に、私は即回れ右。頭をぶつけぬよう腰を低くして走り出した。
それが間違いだった。
「おっと、逃がさないよ!」
慶次の闘争心に火をつけた上に、天井裏という場所の為足音が響き、慶次に場所を伝えてしまう。
楽しそうな慶次の声に反して夢吉の威嚇するような声。
人ならざる気配に反応してるのか。動物の敏感すぎる勘は本当に厄介だ。
ドタドタとまるで大きな子供のような足音が追いかけてくる。
狭い天井裏というハンデを背負ってる上に、服は動きにくい寝間着のまま。完治したとはいえ慶次相手では分が悪い。
かといってここで諦めて大人しく両手降って捕まるのは負けを認めたみたいで悔しいな。
負けず嫌いな私は、縦横無尽に走り回り慶次を撒くことにした。
先に諦めた方が負け、だ。
「天井つついて蛇が出るか、宝が出るか。いっちょ大物取りへと洒落込もうか!」
「前田慶次! た、ただの忍び相手に城を荒らすな!」
「嘘は騙してこそ嘘! 夢吉がここまで怯えることなんて初めてだ。謙信は化け物でも飼ってるのかい?」
慶次の言葉に声を出さず訂正。
化け物だという自覚はあるけど、飼われてるつもりはない。
忠誠心もへったくれもない自分が人に飼われるなんてできようか。
命に臆病で他人の為に死ぬことも殺すことも出来ないのに。
あ、それともSM的な飼われる!?
さぁ良い声で啼くのよ、この雌犬!
謙信さん女王様疑惑!
と、今じゃ聞き慣れてしまった声が慶次の足音をかき消した。
「我が友慶次よ、無敵の俺が相手してやろう!」
「え、ちょ、兼続邪魔っうわぁあああ」
「無敵なのに邪魔扱いぃいい!」
二つの悲鳴に、一つの衝突音。
……直江グッジョブ。