拾捌


……眩しい。
部屋に射し込む光に手を翳すと、手の平が真っ赤に透けた。
血が通う証拠。なのに温もりを感じられない。
眠気も空腹も、元から無かったかのように消えている。

感覚がまた死んでしまった。

寂しくなって手の甲を目元に当てる。
端から見たら泣いてるように見えるかもしれない。
でも嗚咽も涙も出てこないし、二日酔いのようにも見えるかも?



「清々しい朝だな黒兎!」

「清々しいくらいにうざったいよ直江ー」



アンニュイな雰囲気台無しだ。
気のせいかキラキラと輝いて見えるし。
お館様と幸村の殴り愛もなかなかに暑苦しいものだったけど、直江にはまた違った別のうざさがあるな。



「む、二日酔いか?」

「二日酔いにその勢いでこられたら問答無用で殴る」

「甘いな。謙信公には氷漬けにされたぞ」

「謙信さんにまでやったのか!」


命知らずにも程がある!

直江の身体が妙にキラキラと光っていると感じたのは気のせいじゃなかったらしい。
氷の破片が太陽の光に反射して輝いていた。
自力で抜け出したのだとしたらすごいな。
尊敬はしないけど。



「そうそう、今客人が訪れているから静かにせねばならぬ! 静寂においても無敵である俺を見習うんだな!!」

「え、何。ツッコミ待ち?」

「俺はぁ! 無敵ぃいいいいいいぐはぁ!」

「……静かにしろ」

「普段の三割ましで機嫌悪いね、かすが」

「……そんなこと、ないっ」



口では否定するものの眉間に三本皺を刻み、目くじらを立てている人間がご機嫌に見えようか。
自分でも隠しきれていないことは分かっていたらしく、少しの沈黙の後、大きく溜息をついた。
ぽつり、と小さく漏らす。



「前田慶次が、来た……」

「っ、まじで?」



あっぶなぁあああ!
いよっしゃぁ! とかガッツポーズ取りかけた。
むっふふー、次の嫁は慶次で決定さ!

かすがは慶次が随分と苦手なようで、八つ当たりに直江でコンボを稼いでいた。
かすがの技ってコンボ稼ぎやすいよね。あ、500コンボいった。

ふむ、あとは若い二人に任せるとするか。
誤解を生みそうだけど、まぁ、気にしない。
忍の人に頼んで上杉さん達がいるであろう部屋の天井裏まで案内してもらった。
盗み聞きが出来るし、驚かすにはもってこいの場所だと考えた結果だ。

よく忍が行き来するらしく、思ったよりも綺麗だ。
埃の舞っていない天井裏で、耳を澄ませる。



「かすがちゃん帰ってこないねぇ」



多少篭もっているものの、はっきりと聞こえる声。
それは正しく前田慶次のものだ。
夢吉らしき猿の声がやけに響く。慶次に宥められるも、高い声で威嚇している。



「俺ってかすがちゃんに嫌われてるのかな。謙信とこんな風に酒酌み交わしてるから」



謙信さんまた酒飲んでるの!?
ここ数日の私の謙信さんのイメージ飲んだくれになってるんだけど!



「それならつるぎはすぐにもどってきますよ」

「謙信様! ま、前田慶次に何かされませんでしたか!?」



あ、謙信さんの言ったとおりだ。



「もうちょっと信用してくれよ。寧ろ俺は謙信とかすがちゃんの仲応援してるのにさー。
恋してる眼をしているよ、キラキラしてて、曇りが無くて。見てるだけで幸せになるくらいに」

「わ、私はそんな眼で謙信様を……」

「つるぎ、そなたのひとみはいついかなるときでもうつくしいですよ。
もちろんそのこころもからだも、みじんもけがれをかんじぬほどに」

「あぁっ、謙信様ぁ!」



わー、見てるだけで幸せというよりお腹一杯だー。
あ、違った。聞いてるだけでお腹一杯。
音声だけなのに普通に映像が浮かんできたよ。私も結構毒されてるなぁ。




「あ、そういえばさ! 謙信とこに来る前に武田の方に行ったんだけど」



武田……!?
無意識に身を強張らせる。



「意外の意外。あの幸村がすっげー落ち込んでてさ。迷彩の忍さんは俺を見た瞬間殺気立つしさ。
信玄は普段どおりっぽいけど、なーんか寂しそうだし。謙信なんか知らね?」



幸村が落ち込んでる……?
佐助はただ単に慶次が嫌いでイライラしてただけだとしても、お館様が人に寂しそうな顔を見せるとは思えない。
空気を読めないと言われているのに、人の感情を読むのは上手いのか。
訪ねるタイミングは悪かったが、盗み聞きしている私としては収穫だ。


その姿見たい!! 見に行きたい!! そんでもって写メりたい!!


地面をばんばん叩きたくなるような衝動。
それは嬉しくて地面を転げ回りたくなるようなものと似通っている。



落ち込んでる幸村とか、可愛いじゃんか!
寂しそうなお館様とか、素敵じゃないか!
佐助に切り捨てられそうだけど、私気にしないよ!!
ツンデレな嫁を持つ者の運命だと割り切る、物分りの良い旦那様だからね。


煩悩渦巻くあまり口元のにやけを抑えられない私は、その場で悶えるのだった。





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