拾参
※いつき視点
おら、死んでしまっただか。
幸いなのは全然痛くねぇことだな。
あ、という余裕すらなく、涙も一瞬で乾いた。
いつの間にか全部無くなってただ。
家も、雪も、皆も。
寂しいなぁ。
皆がいないと分かると、途端に寒気が襲ってきた。
「寂しいなぁ」
今度は声に出してみた。
響くことなく、あっさりと消えた。
寂しいのも増えてきた。
悲しくなる。
乾いた筈の涙が出てきた。
死んだら神様の元にいけるって聞いたのに、嘘だったべ。
寂しいし、寒い。
神様の近くってこんなに悲しいとこなんだべ?
「いつきちゃん、」
暖かい声。
みんなの声だ。おらの大好きな、みんなの暖かくて嬉しい声。
「いつきちゃん、起きるだ」
身体を揺すられる。
そんなに慌てなくてもすぐに起きるだ。
……あれ、みんなの声?
ゆっくりと瞼を持ち上げると、やっぱりみんながそこにいた。
ここは神様のもとだったんだ。
だから皆がいる。だから皆が笑ってるだ。
「いつきちゃん、おらたちみーんな生きてるだ」
嬉しそうに笑うみんな。
みんな、生きてる。
おらも、生きてる。
瞬きを数回するだども、口の中で復唱するだども、
聞き間違いじゃない。勘違いじゃない。
「おらたち生きてるだか!?」
「そうだべ! 奇跡が起きたんだ!!」
手を広げてみると、傷一つ無い。
皆も汚れすらなかった。
でも周りを見渡すと、村が無かった。
おらたちがいる場所だけが抉られるようになくなっていた。
「何が、起きてるんだべ?」
「あの巫女が助けてくれただ」
立ち上がると、奥で皆に介抱されている巫女の姿があった。
全身血だらけで、苦しそうに肩で息をしている。
火傷で止血はされていただども、重傷だ。
急いで駆け寄ると、血の臭いと肉の焼けた臭いに顔をしかめてしまった。
ひゅー、と薄く開いた口から息が漏れる。
耳を近づけると声だということに気づいた。
「むっちゃ、痛い……」
見れば分かるべ。馬鹿にしてるんだべか。
怪訝に思い顔を覗き込んでみるども、そんな様子は無かった。
本当に苦しそうで、怪我も本物だ。
息を深く吐き、心底辛そうに顔を歪めた姿。
さっきまで(といっても時間がかなり経ってる気もするだども)どんな怪我をしても笑みを浮かべてたのに。
鬼のような雰囲気を纏って、寂しそうな表情が不釣合いだと感じたのを覚えている。
「巫女、おめぇがおらたちを助けてくれただか?」
「……黒兎だよ」
「黒兎? 巫女の名前だべか」
「うん」
「黒兎が、おらたちを助けてくれたんだべ?」
「……あ、」
答える素振りすら見せずに黒兎は空を仰いだ。
何かを見つけたような反応。
遅れて見上げると何かが降ってきた。
「黒兎!!」
「かす、が」
かすがと呼ばれたのは忍の姉ちゃん。
村の様子に驚き、黒兎の姿にぎょっとしている。
おらたちを一瞥すると、黒兎を抱えようとした。
「待ってけろ、姉ちゃん!」
「なんだ。村のことなら後で別の者を寄越す」
「黒兎にお礼を言わせて欲し「嫌だ」
要求を遮ったのは忍の姉ちゃんではなく、黒兎自身。
心からの拒絶におらは身体を硬直させ、黒兎に近づくことは叶わなかった。
「かすが、早く」
短く用件を述べる黒兎は忍の姉ちゃんと一緒に消えてしまった。
あとに残されたのは黒兎が背負っていた大きな風呂敷。
呆気に取られているのは皆同じで、揃って複雑な顔をしてた。
ふと違和感を覚える。
そういえば、黒兎が殺した死体がない。
何も残っていない村に、雪だけが積もりはじめていた。