拾弐
「殺した、か」
死神が呟いた。
条件は満たした。これで私は生き返ることができる。
何もかも無くなってしまった場所に佇んだ死神は、喉を鳴らし笑った。
「初めての殺人が大量殺戮とはなぁ」
「一人殺すも十人殺すも人殺しにはかわりないだろ」
「ごもっとも」
抑揚なく吐き捨てるが相手は気にせず振舞う。
親指で中指を弾き、音を立てた。
同時に現れる真っ黒いヒトガタ。それが人間だと分かるにはさして時間は必要なかった。
どんな顔だったのか、男なのか、女なのか、大まかな判断すら出来ない状態ではあったが。
見ていて変化があるわけでもないからすぐに視界から外し、死神を見る。
「命の代わりは命しかない」
「何、その台詞気に入ってんの?」
「茶化すな。……先ほど殺した者達の人数と、一緒に死んだ人数は同等。
意味、分かるな?」
「その数には私も含まれてんの?」
「残念、一人足りない」
首をゆっくりと横に振る死神はとても残念そうには見えない。
数を誤魔化して試しているようにも見えた。
鼻につく態度に私はヒトガタをもう一度見て、死神を睨んだ。
「なぁ、殺す奴が増えるだけの選択に意味あるの?」
「なら言い方を変えようか。君がこの世界に留まる代わりにこの世界のごく一部の人間が助かる。
増す前の力、といっても感覚はやはり死んでいるが。それを我慢してこの世界に留まれ。
自分の為じゃなくて、誰かの為に人を殺せたとき、生き返らせて元の世界に帰してやる」
「……三つ質問。いい?」
「あぁ」
「一つ、お前の正体は」
「今は言えない」
「二つ、私をこの世界に呼んで、更にはこんな体にした理由は?」
「直に分かる」
「……三つ、お前は私をこの世界に留まらせたいのか?」
「どちらかと言うと、ね」
曖昧に笑う神様の声は、今まで聞いた声の中で一番穏やかだった。
毒気を抜かれたように呆ける私に、死神は答えを催促してきた。
脳裏に焼きつくは家族や友人達の笑顔。
会いたい、早く話したい、抱きつきたい、笑いあいたい。
それでも離れないお館様の笑顔。
佐助の呆れた顔。
幸村の寂しそうな顔。
才蔵の慌てる顔。
女中さん達の充実した顔。
政宗の満足げな顔。
小十郎の嬉しそうな顔。
成実の含みのある笑顔。
重長の一生懸命な顔。
猫さんの楽しそうな顔。
家康の自信たっぷりの顔。
忠勝の困った様子。
明智の怖い顔。
かすがの余裕のない顔。
謙信さんの涼しい顔。
いつきの泣き顔。
出会った人たちみんなの顔が、蘇る。
「我慢すれば、いいんだよな?」
みんなのために死ぬことはできないけど、我慢することは出来る。
覚悟の足りなさを自嘲しながら、自分が死んでいくのを確かに感じた。