捌
頭の中が真っ白になる。
真っ白な頭に、ごちゃごちゃした思考が侵食していく。
ぐちゃぐちゃの線がこんがらがって頭の中を飛び回るような感触だ。
私、何を言ったっけ。
何がしたいんだっけ。
幸村の後ろに立つ女中さんの数人が浮き立っているのに気づく(才蔵との一件で騒いでた人たちだ)。
……、なんで、私、ツンデレ発言したんだ!?
「ちょ、待て、いや! あー、もう知るかーっ!!
衣食住を保証してくれたことは凄く感謝している。
だが、それだけだ。武田軍の周りは同盟国で囲んだ。暫くは安全な筈だよ」
嘘。
そんなこと自分が一番分かってる。
もっともっとそれ以上に感謝してる。
どんなにありがとうと言っても足りないぐらい感謝してる。
私に笑いかけてくれて、
私の為に泣いてくれて、
私と時間を過ごしてくれて、
私を置いてくれて、
本当に嬉しくてたまらなかった。
でも一緒にいればいるほど辛いんだよ。
だって私は皆が大切でも、帰りたい気持ちも大きいから。
何度も比べた。何度も天秤が傾きかけた。何度も何度も、親の顔が浮かんだ。
お願いします、選ばせてください。私に殺させないでください。
早足で離れようとする足はいつの間にか駆け足になって、いつの間にか全力疾走していた。
人間の足では到底想像できないほどの速さで景色が変わっていく。
それでも止まろうとも、速さを緩めようとも考えず、逆に加速していった。
足を止めたのは、砂時計の砂が二度落ち切るであろう時間が経った頃。
といってもほとんど無我夢中で走っていたから多少の時差はあるだろう。
私は目の前に立つ人間に足止めされた。
道を塞ぐように中心で刀を構える男は愛の文字を象った兜が印象的だった。
「貴様が無敵を名乗るという神子だな!
無敵の直江兼続を知らぬわけではないだろう。さぁ、倒してみるがいい!!」
「……殺していいんなら」
半分本気だ。
今は手加減しても人間の形をギリギリ留まったまま殺してしまう。
本気出したら肉と血と骨、他に何が残るのだろうか。
軽く脱力しつつも一応忠告だけはしておく。
ついでに近くにあった大きな石に手を添え、砂屑のように削ってみせた。
自称無敵は石の硬さを確認し、更に持っていた刀で思いっきり叩いてみたが刃のほうが傷ついたのを見て戦意を失ってくれた。
ただ、人に喧嘩売ってきたことに対して詫びの一つもないのは少々ムカつく。
愛をでかでかと掲げている兜を両手でぺしゃんと潰し、にっこりと笑ってみせた。
「突然の非礼を詫びる、とか無いの?」
「ま、誠に申し訳ございませんでした」
「よろしい。で、なんでこんなとこに一人でいんの?」
「それが、謙信公について行きたいと申し出たのはいいものの、皆の荷物を一人で見張るようにと仰せつかわれた。
しかし一人で待つのはなかなか心が折れる。そこで、丁度良く訪れた神子に話し相手になってもらいたく……」
……なんか、ごめん。
無性に謝りたい気持ちになった。