弐拾玖
家康が携帯と格闘してる間、私も格闘を始めていた。
引き分けなんて言葉はそこに存在しない。
勝ちと負けしか認められない勝負。
武器はなし。
ただ己の拳だけで勝敗を決める。
野球拳。
一度で良いからやりたかったんだよねー。
忠勝は当然嫌がったが、問答無用で強制参加。
他は自分に矛先が向いていないことに安堵し、傍観者に徹している。
私も忠勝しか誘う気無いし。
だって忠勝の中身を見たいじゃないか!!
お館様は笑顔で頷き、佐助もにやりと含みのある笑みを浮かべ、才蔵はというと
「本多の中身……」
興味津々に忠勝を見つめていた。
ここまで期待されてやらないわけがない。
忠勝ならどこの装甲を取っても儲けもんだ。
有無を言わさず笑顔でじゃんけんを始めることにした。
「じゃーん、けーん、ぽん!」
「……」
「うわ、私の負けか」
表情は伺えないが、一先ずは安堵している忠勝。
ちぇ、幸先悪いな。
羽織を脱ぎ捨てようとすると佐助が取りに来た。高い生地らしい。
「今日、いつもより厚着だったのはこの為だったのか」
「へへー、じゃないと動き辛いのに厚着しないって」
元々じゃんけん弱いし。
運が無いというか……。
幸薄いのかなぁ。
「じゃんけんほい! あいこで、しょ!」
「……!」
私はグー、忠勝はチョキ。
今度は私の勝ちだ。
さぁ、どこを脱ぐ? と目を細めると忠勝は小さくたじろぐ。
しばし硬直していたが、観念したようだ。
ずしん、と重量感溢れる音が地面を震わせた。
忠勝の足元には肩にかけていた数珠のようなものが置かれた。
「脱げよ!!」
「……」
そりゃないよ。
うなだれるがルールはルール。
お館様たちが応援する中、野球拳は続けられた。
結果は私の惨敗。忠勝は数珠以外勝ちを譲らなかった。
残すはさらしと袴。そして髪を結ぶ紐ぐらいか。
しょうがない。
脱ぎ捨てた服を羽織ると、ようやく観念したかと忠勝が息をついた。
ほっとした様子を横目に、帯をきつく締める。
上着は邪魔だな。
「才蔵、これ持ってて」
「は? どうする気だ?」
「やっぱじゃんけんなんて生ぬるい方法じゃ駄目だな。
忠勝、私と真剣勝負だ!!」
「……!」
鎌を取り出すと、忠勝を見据える。
体中の血液が巡る感覚。これは鎌を取り出したときに毎度ある感覚だ。
目の前が一瞬赤に染まる。だが、ほんの一瞬だけ。
戦国最強の兵と一騎打ち、緊張感と高揚感が心地よい。
「お前から戦国最強の名、奪い取ってやるよ」
クツ、と喉を鳴らすと、応えるように機械音が大きくなった。
ドリルを構えて戦う意志を示す。
私の背丈以上ある、忠勝だから扱えるであろう武器。
激しい回転音を立てるドリルは当たったらひとたまりも無い。
だが、遠慮なんて許さない。
お互いに一歩も退ける筈無いのだ。最強の名を賭けて。
先に動いたのは私。
絶対に忠勝は先に動くことしない。そう考えた結果だった。
思ったとおり忠勝は私の動きを見ることにしている。
背丈ほどある、だが忠勝の武器よりは三回り小さい鎌で地を抉り、そのまま上へ螺旋を描いた。
寸前で避けられ、微かに刃が装甲を傷つけた。
痛みを与えることは出来なかったが、私の本気は分かってくれたみたいだ。
直ぐに持ち直し、プラズマ砲が私を狙う。
掠ることなく避けたが、私の足元の影が膨らむ。
上か。
ドリルを真っ直ぐに投げ下ろす忠勝の巨体が太陽を遮り、後光で影へと変わる。
紙一重でドリルを避け、空にある忠勝の身体をくぐりぬけるように下がると、一気に跳びあがった。
忠勝の背後を奪い、まずは兜。
頭目掛け鎌を振り上げる。
「……!」
「なっ、そんなんありか!?」
ジェット噴射で前に移動だと!?
虚しく空を切る鎌は私の身体を引っ張り、バランスを崩した。
身体が縺れ、鎌を失う。手から離れた鎌は元々無かったかのように消えた。
空中でバランスを崩せばどう足掻いても待つのは落下。
かなりの高さまで飛び上がったせいで、頭だけなら守れても他は無事に済まないだろう。
元々が凡人。無理やり身体能力を高められているから受身の取り方など知らない。
身に刷り込まれているのは死にたくないという感情だけだ。
「……!」
「うおう!?」
だから、忠勝が受け止めてくれたときには恋に落ちかけた。