弐拾捌

部屋に通されると、お館様と家康はなにやら難しい話をし始めた。
例え好き放題させてもらっている身だとしても政に口を挟むほど馬鹿ではない。
ただ私は何かあったときの為に物言わぬ石のように待っているしかない。


……耐えられるかー!!


ずっと正座ってなんだ!?
痺れることはないけど、暇だよ!
お茶を啜ろうにも、温度も味も分からない私には苦痛以外何物でもない。
お菓子とかいらないんで。味の無い羊羹とか拷問だろ。


羊羹は好かないと分かってくれたらしく、次に現れたのはまるで花のように咲き乱れる干菓子。
職人が丹精込めて作った干菓子は一本一本の筋にすら洗練された技術を感じる。


どっちにしろ私食べれないから!!


家康と年が近いからか、甘やかしてくれることは嬉しいが、食べれないものは食べられない。
寧ろお酒をください。それか結婚してください。
なんて言えるはずも無く(佐助の視線が痛いほど突き刺さってるし)、苦笑いで断る。


そんな私の様子を見かねてか、お館様が声をかけてくれた。


「黒兎、外で遊んできたらどうじゃ?」

「そうだな。黒兎、少し散歩して来い。大人の話にはついていけねぇんだろ」

「私の方が年上だよ。それに家康、そんなこと言っていいのかい?」

「なんのことだ?」

「実はすっごい面白いもん持ってるんだ、私」


すっごい物、と取り出した物。
それは何の変哲も無い鉛筆。
それでもこの時代の人間にはかなり珍しいものだ。
興味深げに鉛筆を見つめる家康、そしてお館様(私にお菓子を勧めてきた小姓も佐助も才蔵もだ)。


「これは墨が無くても紙に文字が書ける棒だよ」

「そんなものがあるのか?」

「ほぅ、興味深いの」

「なんか紙貸して」


家康が紙を、と言うと、小姓が急いで紙を持ってきた。
和紙、か。書きづらいけど、大丈夫だろう。
元々削ってあった鉛筆をガリガリと動かし、紙に不規則な線を書き入れる。


「ほら」

「本当に書けている……」

「家康も書いてみ? この黒いところを紙に当てて動かすだけだから」

「……、おぉ!」


嬉しそうに和紙を炭で染めていく様子を微笑ましく見つめていると、
ふと我に返り、慌てて“大人”の顔を作った家康。
それがあまりに可愛くて


「旦那の予約してもいいかい?」


家康の手を握っていた。
素早さは忍並だからね。
驚いて丸い目をぱちくりとさせる家康は何を言われたのかよく分からなかったらしい。
遅れて口を大きく開け、またそれか! と殴られた。


「ワシに衆道の趣味は無い!!」

「……!」

「なんだ、忠勝?」

「……、……!」

「なっ、それは本当か!?」

「家康、本当にそれ分かんの!?」

「黒兎、おめぇ女なのか!?」

「うわ、マジで会話成立してるよ!」


どうやって会話できてるんだ!?
佐助と才蔵に視線で訴えかけてみたが、私の嫁発言に心底呆れているらしく睨まれてしまった。

家康は私が女という事実に驚愕しているようで、丸い目を更に丸くしている。
求婚したときよりも驚いているってどういうことだ。


「忠勝の言うとおりだよ。私は女だ」


その証拠に、と服を脱ごうとすると家康、忠勝、佐助、才蔵に止められた。
そんな慌てて止めようとしなくても。
分かった、分かったから。と顔を赤らめる家康は年相応に見える。
思わずケラケラ笑えば、家康は大きく溜息をついた。


「あんまり人のことからかうと追い出すぞ」

「調子に乗って誠に申し訳ございませんでした」

「低姿勢!」

「心からお詫び申し上げますので、携帯を直してください」


携帯を取り出し、深く深く土下座をする。
携帯を直してもらうために来たのに、追い出されなんかしたら本末転倒。
意味がなくなってしまう。

同盟なんて二の次さ!!


「これが前言ってたケータイか」

「そうそう。最高峰の技術を持っている家康なら直せるかなぁと。
タダとは言わない。さっき見せた鉛で作った筆を献上しよう」

「……その話、乗ったぞ」


交渉成立!!


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