「Vou te contar」


ある休日、交通量の多い交差点での信号待ち。
隣から微かに、懐かしい言語と、聞き覚えのあるメロディが聞こえた。

隣を見ると、口ずさんでいるのは大学生くらいの女の人。

その歌に気づいているのは俺だけみたいで、どうやら周りの喧騒に掻き消されているようだ。


「……coisas que so o coracao pode entender……」


俺が聞いていることに気づいていないようで、その人は続ける。

大人びた見た目の割に可愛らしい声をしている。アニメの女の子みたいな感じだ。


「e impossivel ser feliz sozinho……」


キーは高くしてあるのに、今の部分をオクターブ下げずにさらっと歌ってしまった。


『e impossivel ser feliz sozinho……』
一人では幸せになれない。


幸せそうに歌う彼女は、今一人ではないのだろう。

信号が青に変わり、歩き出す人の波で彼女と離れた。





あれから数ヵ月が過ぎて、俺はまた同じ場所で信号待ちをしている。


「Vai minha tristeza……」


隣から歌が聞こえてきて、俺はなんとなく隣を見た。

また、あの人だ。

しかし前回と違ってメロディのキーは上げられていないし、むしろピッチが下がりぎみで本来のメロディとは別物に聞こえさえする。

俯いていて表情は窺えないが、とにかく雰囲気が暗い。


『Chega de saudade……』
サウダージなんて、もうたくさん。


前回より随分と気力のない声。どういう心境の変化だろう。
例えば、前回の時は恋人と上手くいっていて、幸せの絶頂だったのに、今は別れた、とか。別れたまでいかなくても、遠恋とか、とにかく上手くいってないとかだろう。

信号が青に変わる。
歩き出す人波に流されて、また彼女と離れそうになる。

思わず彼女の腕を掴んだ。我ながら驚いた。
同じく驚いた様子で顔を上げた彼女。
それでも俺は腕を離すことなく、二人で信号を渡りきって訊いた。


「これからお時間、よろしいでしょうか」



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