2 「着替え終わりました?では、行きましょうか」 「うん!」 いつもの服に着替えると、彩花は蜜歌の名前を呼ばなくなる。 蜜歌は彩花の“めぇ”だから。 蜜歌自身、それで満足していた。 「この映画は失敗ですね……歌が汚い」 彩花はため息混じりに観ていた映画を途中で止め、デッキからディスクを取り出した。 “歌姫”と題されたそれは、孤児だった子供が歌をきっかけにピアニストの男と恋をして、紆余曲折の後幸せになるという話。 歌姫と題されるだけはあるのか、彼女の歌は確かに綺麗だった。 「蜜歌の歌の方が綺麗でした……」 「ほんとだよね。また聞きたいね、蜜歌の歌」 なんて、皮肉。 彼の記憶にある中でもっとも綺麗だった歌は、おそらく二度と聴けない。 声を出せるギリギリまで傷つけられた声帯は、かつての声色を失ってしまった。 しかし蜜歌にとって、それも幸せ。 これで、あの歌は永遠に“あの子”のものだから。 「そうですね、蜜歌の歌は綺麗でした」 (ありがとう彩花……大好き) 心の中だけで、蜜歌は呟く。 大好きは彩花に。 愛しているは愛しい半身に。 蜜歌は身に纏う濃紺の服を見遣り、笑みを深くした。 愛しい半身と、同じ色の服。 (ねえ真音……ボクらは一つになれたんだよね) ほら、あの歌姫なんかより、僕らの方が幸せだ。 ◆◇◆◇◆◇◆◇ 君色に染まった僕は、確かに君と一つなんだ。 彩蜜と見せ掛けた蜜真。 蜜歌にとって彩花は一番、真音は特別。 そんな感じの話。 [*prev] | [next#] (←) |