「着替え終わりました?では、行きましょうか」

「うん!」


いつもの服に着替えると、彩花は蜜歌の名前を呼ばなくなる。
蜜歌は彩花の“めぇ”だから。
蜜歌自身、それで満足していた。


「この映画は失敗ですね……歌が汚い」


彩花はため息混じりに観ていた映画を途中で止め、デッキからディスクを取り出した。
“歌姫”と題されたそれは、孤児だった子供が歌をきっかけにピアニストの男と恋をして、紆余曲折の後幸せになるという話。

歌姫と題されるだけはあるのか、彼女の歌は確かに綺麗だった。


「蜜歌の歌の方が綺麗でした……」

「ほんとだよね。また聞きたいね、蜜歌の歌」



なんて、皮肉。

彼の記憶にある中でもっとも綺麗だった歌は、おそらく二度と聴けない。
声を出せるギリギリまで傷つけられた声帯は、かつての声色を失ってしまった。

しかし蜜歌にとって、それも幸せ。
これで、あの歌は永遠に“あの子”のものだから。


「そうですね、蜜歌の歌は綺麗でした」

(ありがとう彩花……大好き)


心の中だけで、蜜歌は呟く。

大好きは彩花に。
愛しているは愛しい半身に。


蜜歌は身に纏う濃紺の服を見遣り、笑みを深くした。
愛しい半身と、同じ色の服。


(ねえ真音……ボクらは一つになれたんだよね)


ほら、あの歌姫なんかより、僕らの方が幸せだ。








◆◇◆◇◆◇◆◇
君色に染まった僕は、確かに君と一つなんだ。


彩蜜と見せ掛けた蜜真。
蜜歌にとって彩花は一番、真音は特別。
そんな感じの話。

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