小さい話


それはある日突然起こった。


「……っ!めぇ、泣いてる!?」

彩花は朝干したばかりの布団をベッドに敷いていると、階下にいる筈の雨丸の異変を察知し急いで駆け降りた。
部屋に飛び込んだ彩花は、雨丸の顔を覗き込んで息を飲んだ。


「めぇ……大丈夫?」
「あ……彩花、大丈夫」


少しだけ赤い目を擦りながら、雨丸はさっと手に持っていたものを背後に隠す。

「めぇ……まさか、それのせいで泣いてるの?」
「ちがっ……これは……」

「駄目。いくらめぇの頼みでも、めぇを泣かせたのは許さない」

「彩花……やめてっ」
「めぇの代わりに、ボクがやるよ」


雨丸の制止を振り切り、彩花は手に持った包丁を振り上げた。

そのまま下ろされた包丁は、鈍い音を立てて目の前の玉葱を真っ二つにした。


「あっ彩花、みじん切りじゃないよ!」
「めぇを泣かせたんだから、みじん切りが調度いいんだよ」

「もう……結局彩花がやっちゃったら意味ないでしょ?今日は彩花への恩返しなんだから!」



普段から家事の一切をやっている彩花だが、元々体があまり強くないため雨丸は気が気じゃない。

なのでこうして仕事が休みの日は雨丸が家事を手伝うのだが、こうして手を出されては意味が無い。

「彩花は座ってて!」
「でも……」

「オレならもう大丈夫だから。彩花、ありがとう」


彩花の頬に口づけをして宥めた雨丸は、そのまま調理を再開させた。

しかし結局、その日のカレーに玉葱は見当たらなかった(溶けた)。





◆◇◆◇◆◇◆◇

彩花様は雨丸の事となると、有り得ない程の狭量さを発揮すると思います。

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