書きかけの話

2013/02/13 20:26

書きかけの黒桃話があるのですが、途中で何か違うなと思ってオチを見失いました。せっかくなので、途中までですが晒してみます。一Pに纏めるにはちょいと長いです↓


「おい凍夜、見ろよこれ」

リビングで机に向かっていた凍夜の目の前に、いつになく上機嫌な男の声と共に墨で染めたかのように深い黒色の物体が差し出される。立春を過ぎてから徐々に暖かくなってきたある日、一日を作詞作業に費やす気でいた凍夜は、その物体に目を留めて顔をしかめた。
彼、桃の突飛な行動は今に始まったことではないが、自分のパーソナルスペースに見知らぬ物が入り込むことを良しとしない凍夜は、流石にこればかりはと口を開く。
「飼う気はないぞ、返して来い」
彼の返答に対し、上等な首輪をつけた猫が不満げに鳴き声を上げる。捨て猫なのか店で買ってきた物なのかはわからないが、桃の服に擬態するような色をしているせいで目の前に差し出されるまで気付かなかったことには、作意的な物まで感じてしまう。
居座られたら堪ったものではないと言及する凍夜に、桃は平然ととした顔で笑った。
「飼わねーよ、流石に。ねーちゃんが出張らしくてさ、その間だけ預かってくれって頼まれたんだよ」

猫の頭を撫でながら告げられた言葉に、凍夜は言い知れぬ不快感に襲われる。猫自体は嫌いでも好きでもなく、飼うこと自体想像しない位に無関心でいた彼にはその理由に思い当たることが出来ない。ただ、苛立ちとも呼べないような僅かな不快感が、作詞の手を止める程度には思考の邪魔をする。
「駄目だ」
「何でだよ、猫が嫌いなわけじゃないだろ?頼むよ」
駄目だの一点張りに、桃は不思議そうな表情を浮かべた。何故かしばしばPVに猫が使われたりするが、彼の知る限り凍夜が嫌がる事は見たことがない。
たしかに動物タレントと飼い猫では躾が違うが、そこまで拒絶する程でもないだろう。
「預かるのは一、二週間だし、青と黄の了解もあるんだから良いだろ。迷惑掛けないようにするしさ……この通り!」
猫を抱えていない方の手にかけられた袋には、餌などの世話に必要な物品が詰め込まれているのが見て取れる。他の同居人二人の了解も取っており、世話も全て桃がすると言っている以上、凍夜には駄目出しの材料になる物がない。そもそも彼がこうして頭を下げているのだから、これ以上反対することは出来ない。
一、二週間の辛抱だと諦めた凍夜は、放り出していたペンを再び握ってため息をついた。
「……世話は全部自分でしろ」
ようやく凍夜の許しが得られた桃は、悪いなと一言残してリビングから早足で立ち去っていく。先程の言葉通り邪魔をしないつもりなのだろうが、すっかり集中を削がれてしまった今では、今さらという感覚が拭えなかった。


性格がそれっぽいと言われることが多いからなのか、桃は非常に猫と相性が良い。体外的に作り出した“Venusの桃”に向けての方が多いが、それでも割合猫好きの彼が今まで猫に懐かれないことはなかった。
そんな事を考えながら部屋に戻った凍夜の目に、すっかり懐いた猫と桃が戯れている姿が映る。扉を開けた音に気づいた彼が頭に猫を乗せたまま振り返り、意外そうに瞳を瞬かせるのをぼんやりと眺めながら、凍夜は再び表情を歪ませた。
「どうした?作詞終わったのか?」
かけられる言葉におざなりな返事を返しながら、机からいくつかのファイルを手にとっていく。桃に何かを言われているとは気付いていても、返事をする気になれない凍夜はそのまま踵を返した。 無言でと言っても良いほどぞんざいな態度を取られた桃は、あからさまに不機嫌な表情を浮かべて彼の背中を睥睨する。
「おい、不満があるなら言ってけよ!」
バンドを組む以前によく見ていた、拒絶を含んだ凍夜の瞳。ここ最近は影を潜めていたから忘れていたが、もともと彼は自分の内面を悟られるのをひどく嫌い、それに比例して口数も極端に少なかったのだ。表面的には了承しても、きっと何か不快になる理由があったのだろう。言葉もなく閉じられた扉を見ながら、桃は唇を尖らせた。
「言わなきゃわかんねーだろ……バカ凍夜」
凍夜の様子が目に見えておかしくなったのは、それからおよそ三日経った頃。普段よりもぼんやりとする時間が長くなり、睡眠をとっている姿が見られなくなった。眠る以前に、ベッドに入る気配すらない。
普段から体調の浮き沈みが激しいために挙動云々に関しては確証がないが、睡眠については普段から同じベッドで眠っている桃が言うのだから間違いはないだろう。
「黒ちゃん、調子悪いのかな?」
猫用の皿に水を注ぐ桃を見ながら、黄は心配そうに呟く。喧嘩をした訳でもないのに、妙に気まずくなってしまった桃と凍夜の雰囲気に彼も気付いていたのだろう。黒とは四人の中で一番付き合いの浅い黄では、雰囲気が固いということに気付けても、どう対応して良いのかわからず途方に暮れるばかりだ。
「こればかりは、桃次第かもしれないな」
「え、青ちゃん理由知ってるの?」
苦笑混じりに返された青の言葉に、黄は勢いよく彼の顔を振り仰いだ。凍夜と腐れ縁と言っても差し支えないほど付き合いの長い青には、彼等がああなってしまったのかを察せられたのだろう。
教えてほしいと目で訴える黄の頭を軽く撫でながら、青は曖昧な笑みを浮かべながら一言零しただけだった。
「桃が会ったばかりの頃の凍夜を思い出さない限り、少なくとも猫がいなくなるまではこのままだよ」
声を潜めてはいても同じ室内にいる桃にも二人の会話は聞こえており、その内容に思いを巡らせてため息をつく。出会った頃の凍夜の事は、未だに深く記憶に残っている。
なにせスピーカー越しという顔すら見えない状況で、その声一つであらゆる感情を奪われたのだ。出会ってから短くない時間を一緒に過ごしているが、圧倒的なまでに鮮烈に焼き付けられた記憶を忘れる訳がない。「……そういえば、昔のあいつもあんな感じだったか」
声に惚れたといっても過言ではない出会いを果たした当時の、彼の様子を思い起こす。
声を掛けても上の空で、足を止めさせようと軽く肩を掴んだ瞬間に倒れられた事は嫌でも覚えている。その時は寝ているだけだとの事で、たまたま同伴していた青が回収していったのだが、それが一体どうしたというのか。
たしかに当時と今の彼の様子はよく似ているが、さすがにそれは関係ないだろう。
「……というか、あれは元の性格だろ」
水を飲みに近寄ってきた猫の頭を撫でながら発言の意味を考えるが、いくら思考を巡らせても全くもって思い当たらない。ため息を漏らしそうになる口を引き締め、桃は深く考え込むように目を閉じた。




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