片目の理由
片目の理由

新月の夜。明かりらしい光といえば、蝋燭の揺らめく炎のみ。
月夜の星空キレイだが、暗闇に包まれた夜だってそれはそれでいいもの。
何も見えやしないが、池の回りで愛を育む蛍をより美しく眺められる。

3日前までは。

運命の別れ道となった3日前。獅子丸は抗争の渦中にいた。属する黒龍組はさらに上の白狼会の傘下であり、他の組との抗争の際には先陣を切る役目の戦闘集団であった。いつも通りの戦いのはずだった。シマを獲られないための戦い。一つ違ったのは実の父の裏切り。元々大嫌いな父であったためこの機に乗じて殺してやろうという腹だったが、一気に形勢は不利へと転じ敗走せざるを得なくなり、多くの部下を喪い、シマまで獲られるという失態を犯したのだ。

例え裏切りがあったとしても、不穏な動きを把握しきれていなかった。それにより大切な仲間を喪いシマを獲られることは、即ち若頭としての責任能力の無さを意味する。
これだけの失態を犯せば厳しい制裁は免れず、暫くは謹慎処分になることは明確。獅子丸はこの制裁は間違いなく自分の命を差し出さなければ許されない…いや命を差し出しても許されないと思っていた。
死に装束を纏い、会長のいる大間へとゆっくりと歩いた。覚悟を決めた頭のなかでは、今までの人生の思い出が走馬灯のように再生され、後悔と無念の想いが込み上げる。

大間へと足を踏み入れた時にはいつも通りに振る舞う。それが西蓮寺 獅子丸という人間の生き様。

会長から言い渡される沙汰は、震えずに聞く。震え上がっちゃカッコ悪すぎる。地獄に堕ちたら笑われる。

そう考えていたのに言い渡された沙汰に獅子丸は愕然とした。
「お前には期待しておるのだ。生きてまたワシの役に立て。但し、お前の右目と面を頂く。さて生き残れるかな…それも運次第。」

…醜い面で生き恥を晒せということなのか、本気で生きて欲しいのか。あのときの獅子丸には前者にしか感じなかっただろう。自分の顔に大きなキズをつけるだなんて当て付け以外の何者でもないと。

沙汰は下された。

この場にてそれは執行される。
他の傘下であるものの前で見せしめとしてだ。

冷静を装う獅子丸に男4人が掴みかかり一人が舌を噛まないように布切れを口にくわえさせ、その場に大の字に押し倒した。

皆一様に顔が曇り、身体は小刻みに震えている。同胞たちであることは獅子丸にもわかっていたが抵抗できない代わりに、鬼の形相で睨み付けてた。

「やれ」

会長の一声で目玉をえぐり出すべくもう一人の男が立ち上がり近づいてくる。
心臓がさけんばかりに脈を打ち、全身にはまとわりつくような汗をかく。

当時は麻酔や消毒なんてことは知らない時代。些細なキズでも感染症をおこせば御陀仏。そんななか目玉をえぐり出されるということは、ほとんど死を意味する。

右目前で鋭く光輝く短刀。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
脳髄に響く痛み。止血のために焼かれる自分の肉の匂い…薄れゆく意識。

遠くから聞こえてきた父の死の知らせ。


3日前に受けたキズは酷く痛み全身に発熱とだるさをもたらした。自分は死なずに生きている。まだ先はわからないが今のところは運が味方している。

噂では悲鳴一つ上げず制裁を受けたのは
獅子丸が初めてだとか、会長にはますます気に入られたとか。

そんなことはどうでも良かった。今までは風流だと思っていた蛍たちの愛の営みが煩わしくて堪らない。
愛用の煙管を取るにも伸ばした手は空を切り、独りの夜に眺めていた揺らめく炎はどれくらいの距離があるのか検討もつかない。

寝惚けて夢心地なのかと思いたい。

だか言い様のない痛みと、さらに広がった暗闇はこれが現実だと証明している。

「片目だとこんなにも世界がかわるのか…」ぽつりと呟いた言葉は広がっている闇に溶けてしまうほど小さく重かった。

「若様、お身体いかがですか?」
足音も物音も立てず襖を開けて声をかけてきたのは、守役で忍の風丸だ。風丸とは十数年共にいるいわば兄のような存在で、夜中部屋に来るのを許している唯一の人間だ。
そんな風丸すら煩わしいが追い返すわけにもいかない。

「調子いいわけねぇだろ。最悪だ。」
「女抱く元気もありませんか(笑)どうです?一人きりで過ごす3日目の夜は。」
どこかおどけて話す風丸はいつも通りの通常運行だ。腫れ物に接するようにする他の者とは違いありがたい存在だが、今のは癪にさわる。核心をつかれたからだ。

そんなことお構い無しなのも風丸。

「食事はとれてますか?」
「…見りゃわかるだろーよ。」
運ばれた膳はほとんど残っている。元々食の細い獅子丸だかここまで食べてないということは、本人の言う通り体調最悪なのであろう。きっと食しているのは大好物のあんこ餅だけだろう…。
空になってる器には白いデンプンがついているからだ。

顔のキズも去ることながら、白狼会会長からの信頼を失墜させてしまったこと…考えてみれば元気なわけがない。仲が悪かったとはいえ、父が死んだ事についてももしかしたら何かしら思ってるかもしれない。
なんとなくそう思っている風丸だが決して顔にも口にも出さない。人間悟られたくないこと、聞かれたくないものが必ずある。

「メシ食わな「体力落ちて、女抱けないぞ?てか?そりゃ大問題だが食いたくないモンは食いたくねぇ。」
「…(言おうとしたことを…)我が儘言わないで無理しても食べてください。」
「甘味なら…」
「甘味だけ?」
「………」

返事がない。

答えるのが面倒になったのか、都合がわるくなったのか、煙管をくわえて背をむけてだんまりだ。こうなると会話は望めない。まるで壁でも建てたかのような頑なさを持ち合わせている。

「全く…困りましたねぇ。そうだ!お一人の夜が淋しいんですね。なんなら一緒にいましょうか?少しは元気もでるかもしれません。」この言葉にだんまりを決め込んだはずの獅子丸だったが驚き振り向いた。
「なんで俺が男と一夜すごさなきゃいけないんだよ?」辛口を期待して言ったつもりが、獅子丸の目は怒っているように見受けられた。ご機嫌が急降下しているようだ。
「別に添い寝するとは言ってませんよ。眠れない長い夜は誰かといるといいかと思いまして。」
「ありがたいが…遠慮する。独りにしてくれ。」
そう言うと再び背をむけてしまった。独りきりの夜が嫌いな獅子丸が独りにしてくれと言うことは、本当に独りにして欲しいと思ってる証。背中にはもう構ってくれるなと書いているかのようだ。

「では仕方ない。また明日参ります。」
そう言い残すと風丸は静かに部屋を後にした。部屋を出て襖の前に座り、息と気配を殺して襖越しに見守ることにした。

一人きりになった獅子丸はしばらく身動きもせず、ただ暗闇の空を眺めていた。
星の一欠片も見当たらないどんよりと重い夜。自分の心模様をそのまま表してしるようで、みていても心晴れない。

「考えてもどうにもならないか。現実だし…」自分に言い聞かせるように呟きそそくさと眠る準備をしはじめた。
キズに響かないように布団に潜り、二重にしている掛け布団をひとつ丸め、抱きつき眠気がくるのを待つ。

しばらくすると痛みは強いが眠気が訪れた。良い夢は見れないだろうが悪夢もみないだろう。

襖越しに見守ってくれるヤツがいる。

そんな気がしたから。



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誰か文章能力下さい…(T^T)
読みにくいけど読んでくれて
ありがとうございました。


20130225 蔵人


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