灰狼衆は、思っていた以上に居心地の良い場所だ。


それは、敵として遭遇する時と全然違って、日常を過ごす彼らが萬天のみんなよりも自然体でいるせいかもしれない。


表には出てこない秘密なんかがあったとしても、それは虹一や雲平先生だっておんなじだし、知らないことに苛立ちを感じてしまう場所より、知らない事が当たり前でいられる方が余程気楽。


詮索しない代わりに詮索もされない。


自分が思うようにいるだけで、ここの人たちは俺を受け入れてくれる。











『名張』












「宵風……?」



室内の騒ぎに紛れて部屋を出た宵風につられるようにして、無意識に腰を上げかけたけれど、肌を撫でるように流れていく人の声を感じ取って途中で自然に体が固まった。



「宵に逢ひて、朝(あした)面(おも)無み名張(なばり)にか……」



不思議な響き。


騒々しい中では、落ち着いた静かな口調はとても際だって聞こえた。

ほかの人がその人の声を気に留めていないところを見ると、そう思ったのは俺だけなのかもしれないけど。




雷鳴のお兄さん――雷光さんは顔を隠していた怪しげな本を下ろして、綺麗過ぎて内側を読み取ることのできない完璧な笑みをこちらに向けた。



「うん、そうだ、そんな予感がしていたんだよ」



「……何がですか?」



「“宵風と親しくなった壬晴くんは、故郷の人と顔を合わせるよりも、伊賀の里である名張にずっと居座ることになりました”

さっきの歌はそんな意味だ」



「……博識なんですね」



「でしょう?」



皮肉を込めて言ったつもりが、その人は謙遜なんかまるでしないですんなりと肯定した。




ずっと居座る気なんてさらさら無い。

けど、その人が感じさせる迫力と説得力に、年の差以外の理由があるのだとしたら

もしかしたら彼の言葉通りになる可能性もあるのかもしれない。


そんな風に、変に納得しそうになるのはなんでだろう。



そう雷光さんの発言を吟味し始めた途端。



「嘘だよ」



出鼻をくじかれて白紙に戻った思考。

いったい何を嘘だと言ったのか、よく分からなかった。