「雷光、お前、マジで」
(先輩、いつになく頑なですね。意地をはっていると無理矢理押しかけますよ。もしかしてそちらの方がお好みですか?)
「気色悪ぃぞ! って、オイ、宵風!」
諦め悪く宵風を呼び止め、雷光も止める。
行くな。
ノブに手を掛けた宵風が、少しだけ扉を引く。
駄目だ。
らしくもなく半ば懇願でもするかのように声を上げて、俺は咄嗟に手を伸ばして制止をかけようとした。
耳と肩で挟んでいた携帯が、俺の首元をするり滑り落ちる。
寸前で再び雷光の落ち着いた声が耳に響いたのが、あまりに狙ったようなタイミングだったことには、その時は気付けなかった。
(……やはり伺います。遠慮なさらず)
「だから今……!」
音を立てて落ちた携帯に、苛立ちをぶつける。
届いているかいないかは定かではない――が。
「駄目なのですか?」
戸を押しかけた宵風の力を奪って無遠慮にドアが開いた。
「おっと」
「お前……!」
この険悪な空気をものともせず、いや、むしろ嗅ぎ付けたように涼しすぎる顔で、宵風を押し込めるようにして雷光は玄関に足を踏み入れて来た。
「何しに来やがった……!」
行く手を阻まれ棒立ちになった宵風と、とりあえず宵風が留まったことに安堵を隠せない俺の顔を交互に見つめ、雷光は明らかに今理由を作ろうとしている面持ちだ。
「そうですね、言うなれば……お二人の仲を取り持ちに、でしょうか?」
ヤツは相変わらずの胡散臭い笑みを口元に刻んだ。
胡散臭い。
言えば、いつもは「心外です」と口先で誤魔化してかかる雷光も、瞬間を見計らって再び外へと出ようとした宵風の腕を咄嗟に掴んだ自分の指先の白さを見れば、今は言い訳も出来ないらしい。
「そういう風に笑っているんです」なんてするりと言ってのけて、ふと鼻を鳴らす。
「で、お前は何処へ行くんだい」
雷光は穏やかに、でも目では冷たく笑って、宵風に語りかける。
「先輩が機嫌を悪くされているようだけど……ああ、それはいつもだね」
だから何だと言いかけた俺を代弁するかのように、又は逃げるように、宵風は一歩を踏み出した片足に力を入れて、雷光の腕を振り払った。
着込みすぎなほど着込んでふくれた腕は、意外にも易々その手をすり抜けだが、一瞬無防備になった手首を、雷光はすかさずに掴み取った。
容赦の無い素早さだった。
「……居場所と帰る場所は同じであるからこそ幸せと成り得る。食い違うのは辛いものだよ。帰る者にとっても、待つ者にとっても。君はそんな事実を、考えたことがあるかい?」
来た途端、ヤツお得意のお説教だ。
ち、余計な事を。
雷光の言葉は聞こえたのか、聞こえなかったのか、宵風は一つの反応も見せずに構わず手を振りほどいた。
雷光の強い口調、普通の人間だったら硬直し動けなくなるほどの鋭さで宵風の瞳を射抜いていた、侍特有、意志のこもった視線。
加減無く食い込んでいた指を力任せに拒んだせいで、手袋と袖の隙間から覗いていた皮膚が薄くちぎられ、肌が赤く滲んでいる。
宵風は僅か動揺を示したような気もしたが、キャスケットを深く被った上に、もともとしかめられていた顔だ、その表情に変化があったかどうかは定かではない。
宵風はこちらに一瞥を向ける間も無く、一心に何かを振り払うよう素早い足取りで外へと出て行った。