僕が何故いつも同じ服を着ているか?
 何故…って
 僕がこの冬を越すことがないからだろ
 新しく服買う必要なんてない
 ただ、それだけ




『僕と私の願いごと』




 出かける身支度をして、キャスケットをかぶり直した僕の顔をしみじみ見つめて、寿は呟くように言った。

「森羅万象、早く宵風のこと消してくれないかなぁ」

「……」

 めんとむかってそんなこと言われることが今まで無かったから反射的に手が止まったけれど、もっともな内容に僕自身も同意して、首を縦に振った。

「うん。僕もそう思う」

 でも、人にそう言われるのは変な感じだ。

「死ぬ前にちゃんと消してもらってね」

「……」

 それは僕自身が一番理解していることだ。
 焦りを他人に煽られることは、僕をひどく苛立たせる。

「……お前に言われることじゃない」

「うん。そうだね」

 のれんに腕を押したくらいの手応えに、威嚇する気力すら失い、僕はただ沈黙するしかなかった。

「早く消えてよね。出来るだけ早く」

 その突き放す物言いにではない、僕は真顔でそう言い切る寿の意図を理解しきれずに、その顔を睨み返した。
 苦笑に泣き顔を混えて、
「そうしてもらわないと、辛くて私が先に死んでしまいそう」
と言った目に滲んだ涙を、僕は衰えた視力のせいにして、見なかったことにした。
 寿は有無を言わさず僕に背を向けさせた。
 だから、さっさと消えてね。
 追い打ちをかけるように背中にかかった言葉に締め付けられるこの胸の感覚を、喜びと言うのか、哀しみと言うのかは、僕にはわからない。
 わかりたくもない。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
 禁術と共に、生き物に与えられた感覚が薄れて行くと言うのなら
感情も共に消えてしまえばいいのに。
 人と関わりたくないと思う心すら消えたのなら、周囲に誰が居ようと、真に独りのまま消えていけるのに。
 それが一番、楽そうなのに。

「……消えないで…」

 衣擦れにかすむ寿の声を、僕はやっぱり、聞こえなかったふりをした。






fin.





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