手首で揺れる、くすんだブレスレット。
刺繍糸を織り込んで作られたそれは、擦り切れ始めてからがファッションで、切れるから意味がある。
でもじゃあ
切れなかったら……?
『願掛け』
「……つけてたっけ、そんなの」
隣の席で日直日誌を書き込む寿の腕を飾るミサンガを見つけて、その横顔に尋ねてみた。
「つけてたよ。けっこー前から」
と、顔も上げずに、どうでも良さそうに寿は答えた。
そして訪れる沈黙……。
(気マズ……)
日誌は必ず日直二人で職員室まで持ってくること、なんて、いったい誰が決めたんだろ。
(めんど……)
とは言うものの、目まぐるし過ぎる生活の中でふと訪れる、こういった空白の時間、自分から望んだんじゃないしと誰かのせいにできるあたりは、気楽でいい。
手持ちぶさたに俺は顎を乗せた腕を換えた。
「願いごと?」
「んー、戒め?」
会話にそぐわない響き。
口にした寿と言葉の内容に違和感を感じるけど、面倒臭そうな空気が漂っていたからあえて聞かないことにした。
……のに、顔を上げた寿はお構いなしに話しを続けた。
「『願い事、叶わせたいなら自粛と努力を怠らないこと』、なんてね。これを見たら思い出せるように」
「ふーん」
「そしていつか、結び目が切れますように」
「神頼みなんて、しても無駄だよ」
口をついて出てしまったのは、願掛けをしてるはずの本人、寿がまるでそれを信じていないみたいに見えたから。
自分を戒めるためにつけてるのに切れてしまったら、それこそ意味無いんじゃないの?
で、わかってるから信じてない、そうじゃないの?
「うん。だからもう切っちゃおっかな」
僅かに目を見開いて、伏せかけた自分の顔を上げる。
そういう風に言われると、別につけててもいい気がしてくるのは不思議。
「切っちゃうの?」
日誌を閉じた寿の手が俺の方に伸ばされ、
「切っちゃうの。切って」
と笑った顔が言った。
「……俺が?」
「うん、壬晴が」
差し出されたハサミ。
何気なく受け取って、結び目の横を一気に挟み込む。
はらりと落ちた切れ端を目にしても、別に罪悪感は生まれない。
「…切る意味あったの?」
切ってからそういうこと言うんだ、と寿は床に落ちたミサンガを拾いながらクスクスと息を漏らした。
「切れるまで待てなくなっただけ。ねえ、好きだから付き合って?」
「……」
言葉に詰まる。
そんなことのために努力に加え自粛までしてたの?
しかもそれ、言うために切ったわけ?
今までの努力と自粛を無駄にして?
「……付き合うとか、そういうの、よくわかんないけど」
とそこまで言って、ふと笑いが込み上げた。
……バカじゃないの。
「でも、そういう寿の考え方は好き」
fin.