ん?

 これはもしかしてあれか、逃げられると追いかけたくなる、動物的本能、加えて、手に入らないものは意地でも手に入れたくなる、特に男性にありがちな独占欲。

 それは厄介だ。

 何しろそういう趣向の持ち主はたいてい、追いかけているときにはその相手に全力投球するのに、相手がオちた途端に、やる気と興味と愛情が激減、むしろ無くなったりするからだ。

 そういうことなら私は絶対に捕まるわけにはいかない。

 またはあれ、実は私が無経験なのを嗅ぎ付けて、面白半分に追い回しているか。

 もちろん話したことなどないけれど、反応や人間関係など、長い付き合いの中でいろいろ見えてしまうこともあるのかもしれない。

 何しろ雷光は、そういうことには聡そうだから。

……なおさら流されるわけにはいかない。

 切実だ。

「ちょ、変態! こういうの好きなら別のとこでやってよ! 身内を巻き込むなこら!」

「こういうの、とはどういもののことだい?」

「心当たりあるでしょうが! 無理やりとか追い回すとか初めてとか……!」

 手が止まり、鎖骨を噛んでいた雷光の顔がぐっと持ち上がる。

「したことないのかい?」

 あ、なんか、非常に墓穴を掘ったらしい。

 へぇ、なるほど、そうなのだね。

 ニタニタして笑ってる雷光は完全に手を止めて力を抜いているのに、混乱していたとはいえ考えなしにまずいことを言ってしまったショックで、私は逃げることを忘れていた。

 本当に頭悪い。

「そうだね、寿がませている風に見せて実はまだ誰にも体を開いたことがないウブな女の子だった云々のくだりはとりあえず置いておくことにして、逃げられたら追いかけたくなる、無理やりでも手に入れたくなるというのは、人間の簡単な心理だ。異論はないよ」

……置いておくとか言いながら言っていない余計な部分までさんざん口にしやがった雷光の性悪さもこの際“とりあえず置いておく”ことにして、ああやっぱり雷光は逃げるものを追いかけたくなるクチらしい。

 そうか、そうなのか。

 これは困った。

 そうとわかった時点で私に勝ち目はない同然だ。

 何しろ逃げれば逃げるだけ追いかけられて、かといってそれをやめたら美味しくいただかれてそのまま捨てられる未来が今はっきり見えた。

 最悪だ。

 絶望しきった私を無視して雷光は続ける。

「でも、私たちの場合は少し違う。寿はわざと逃げているようだから」

「……は?」

「私に追いかけられたいから逃げている。そうでしょう? 天の邪鬼もここまで来ると愛らしいよ。本当に可愛い子だね」

 あ、勘違い。

 なるほど彼はつまり、世の中の物事全てを前向きに勘違い出来る特技を会得しているらしい。

 鳥肌がたって身を捩った私の仕草に、言葉でも感じるのかい? って普通に驚いた顔で聞いてきた。

 ありえん。

 勘違い勘違い勘違い……。

 憐れんでみるか優しく「頭大丈夫?」って心配してみるか触るなと暴れてみるか。

 選択肢はたくさんあったけど、とりあえず私にとって一番素直な感情で反応してみることにし、変質者に出くわしたような目で雷光を見上げる(あながち間違っていないと思う)

 けれど案の定というべきか、彼の思考ってのは全く私の理解の範疇を超えていた。

 こいつ、嬉しそうに笑ってやがる……。



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