人間、頭で「あっ」と叫んだときにはもう手遅れなのだとよく言うけれど、まさにそんな感じだなと思った。

 脳で考えたことが信号となって手足に伝わるまでに、約0.2秒。

 詳しいことはわからないけど、目で見たものや肌で感じたことが一旦は頭を介することを考えれば、反射神経ってやつも時間的にはそんなに無茶苦茶早いってわけではないみたいだ。

 猫がスズメを捕えるあれと同様、はっとして地面を蹴っても、相手はわずかの差でも先に行動を起こしているのだから、逃げる方の形勢はハナっから不利。

 そしてそのスピードが自分よりも上手となれば、手中に収まってしまう確率はほぼ、いや、絶対だと言っていい。


 言葉通り、獲物に爪を引っ掛けた直後の獣のように首筋に噛みついてきた雷光を見て、少なからず油断をしていた馬鹿な自分を心の中で罵った。

 ソファーに深く腰を落ち着けて悠々と好きな雑誌のページをめくっていたのは、遡るにしてもたった一秒にも満たない前なのに、まるで過去の記憶になっている。


 背後から「ねぇ」と私を呼んだ雷光の、怪しげな“ね”の響きを聴いた瞬間に私は逃げの態勢に入ったのだけれど、間に合わなかった。

 それこそ猫みたいに軽くしなやかに、厚みのあるソファーの背もたれと、腕を掴まれバランスを崩した私を一緒に跨いだ雷光を見た次の一瞬にはもう、私は彼の下に組み敷かれていた。

 足の長さを自慢したいならよそでやってくれと強気に抵抗したら、寿の脚は私の脚を羨むほどに短いのかい、と逆に問われ、あげくスカートの裾をめくり出したから私はそっちをどうにかするのに焦ってしまって、反論することも出来なかった。

 裾をおさえようと右手を下せばそれを見越したように、無防備になった腰のあたりからブラウスをたくしあげられ、ためらい無くするりと中に手が入って来た。

 これは多分、どこをどう守るかを考えるより逃げる隙を作る方が得策だ。

 そう思って、とりあえず彼の手を両手でぐっと退けて身体に隙間を作ったけれど、途端に耳を舐められ、逃げようと肘掛けを蹴った足がふ抜けてきれいに滑った。

「ぬぁぁいい加減にしろ!」

 いい加減にしろ。

 そう言いたくなるほど毎度のやり取りだ。

 普段は、仲間、友人、そう呼んだ方が近い関係をしているのに、雷光はなぜか、隙あらば私にこうして、妙にかまってくる。

 迷惑極まりない。

 別に恋愛感情とかは抱いていないらしいし、私も貞操観念的にそういうのは本気で遠慮したいので、危険な時は思いっきり蹴飛ばしてでも雷光の手から逃げるのだけど、彼はそんな私の反応を楽しんでいる感じすらあった。

 つまり、暇つぶしの相手をさせられているってところだ。

 好きでもないのにまとわりついて来るこいつの気が知れない。

 盛っているだけなのなら、それこそ外に出ればこいつの容姿に騙されてくれる女の人はいくらでもいるはずだし、こっちがまんざらでないならまだしも、わざわざ本気で抵抗してかかる私を追い回す意味がわからない。

 しかも今のところ取り逃がし率100%という私にとっては一生守られるべく、雷光にとってはそろそろ潮時と言っていいだろうくらいのパーセンテージがたたき出されているというのに、何と言うか本当に諦めが悪い。


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