過ぎて行くものを見送るのは、もう飽きてしまった。

 人が老いるのに合わせて自らの姿を変えるのはとても虚しく、そしてとても無意味なことに思えた。

(いくらその場を取り繕ったところでいずれ皆先に居なくなるのだし、共に歩んでるという錯覚を起こしてはいけないんだ)

 人を送るために流す涙は、とうの昔に枯れた。

 誰かが目を閉じるのを見、まただ、と心臓がやり切れない悲鳴をあげる度、自分が再び取り残されたことを思い知る。

 耳の裏で血流が強く脈打って、「止まろうなどと思うな」と秘術が僕に喋りかけて来るのを欝陶しく思いながら聴いていた。

(僕だけ心臓の衰えを知らない、それは言われるまでもなく事実だ。酷いと思うよ、僕の心臓、痛みはいくらでも経験出来るのに)

 人の一生を見届ける時の嫉妬、苛立ちはぶつける先がなくて余計に苛立つから、胸の奥底に葬った。

 生き埋めにされた生物のよう、暫く息苦しそうに身悶えて、彼らはそのうち消滅していった、

(そういうことにした。本当は今でもまだ燻っているのかもしれない)

 どれだけ成長を望んでも、重く絡み付く秘術の呪いが、前に進もうとする僕の足を取っては未来を奪う。

(焦りだけは始めから生まれない。僕には、悠久という言葉が皮肉に思えるくらいの時間が備わっている)

 そもそもが人ではないせいか、記憶力は常に一番の状態で保たれている、そのため一度関わった人間の顔と名前は忘れてしまうことが出来ず、積み重ねるばかりだ。

(何も忘れられない、喜びも、悲しみも、痛みですら)

 出会って関わって失った存在は着実に上乗せされ、積もり積もって数だけがわからなくなった。

 幾度人を好きになり、幾度人に愛され、幾度それを拒んで来ただろう、受け取って悲しく思うのは相手ではなく僕だから、最初から受け取らないという自己防衛を覚えた。

 盲進するような歯止めの効かない感情や、人らしくあるための正常な感覚は無い方が楽なのだと知ったのは、そのときだった。

(冷静さを欠いた言動は人の欠点でもあり、良さでもある。僕はそれを捨てた、以来、僕は完全に人でなくなってしまったのかもしれない)

 人が不死に何を思うのか、過ぎ行く人が僕を羨むのを見て、僕は届かぬ彼らに手をのばし、追いつけないものに恋い焦がれている、彼らはそれに気付かない。

(人が誕生を祝うのが、それだけ死に近づくことを喜んでいるのだと錯覚していた時期すらある、でもそれは間違いだったということ)

 人を好きだと思えば思うほど「愛してはいけない」と僕の過去が歯止めをかけて来る。

 人と過ごした幸福な時間は、決まって悲哀に満ちた惜別で締め括られる。

(もうたくさん、それなのに)


 僕は人ではない。

 だって人は、限られた時間を苦しみながら生きるものだから。

 それでも君は、即答してくれたね。

「虹一は人だよ」

 なら、どうして君は僕が死にたいと言うと、悲しい顔をする?

 違うよ、僕はただ、君と同じように年を取れたら良いのにと思うだけ。

 住む地を変え、関わる人にあわせて姿を作り替える必要もなく、ただ自然に君と生きていけたらどんなに幸せか。

 そう願うのに僕は、未だ秘術にとらわれたままもがき苦しんで、だからたった少しの光りを見つけては、今度こそはと縋るように思ってる。

(ああ、葬った感情がまた疼き出した)

 人は人を好きになり、別かれ、また好きになる。

 僕は同じことを、違う量だけ繰り返す、そういう運命を歩いて来た。

 君と同じように生き、君と同じように死にたい、たったそれだけが叶えば、僕は幸せでいられる、確信と、悲願。

(これが、最後)

 僕の目の前で、着実に、大人になって行く君。

 初めて味わう、焦りという想い。

 僕はまた、少し取り残される。

 君は一分一秒を惜しむように、少しずつ歩みを進めて行く。

 おいてかないで、そう思うのに僕は、君が綺麗になっていくのをどうしようもなく嬉しいと思った。





fin.




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