『セツナ』



 眠る俄雨の顔は、とても穏やかだった。

 寝息もたてず、ぴくりとも動かない。

 彼は死んだよ、と言われたら、きっと私はそれを信じただろう。

 ぬくもり残る肌に触れなければ、誰に聞かずとも私はそう思っただろうし。

「何やってるのよ」

 生きようとしない脳。

 死のうともしない身体。

 吐息をもひそやかに隠した俄雨の様子が、生と死、どちらに近いと聞かれたら私は迷う。

――否、考えることが出来ない。

 生きている方に近ければ、目を覚まさない理由があれこれ浮かんで悲しくなるし、死に近いなんてのは思うだけで気分が悪くなる。

 私自身はこの身体、悪魔に売ってでも俄雨の生を願う、むしろ、その瞬間を逃さないようにとたえずここで待ち続けている。

 けれど。

 いくら待っても悪魔は来ない上、俄雨の身体は中身もきちんと機能し続けて、私が彼のために身体の一ミリを削ることすら、許容しない。

 だから私は待つほかなくて、そして後悔しか出来なかった。

 アタシなら良かった、と。

 雷光の前に立ち塞がったのが、アタシだったなら。

(こんなことを俄雨に言ったらきっと、悲しいこと言わないで下さいなんて、馬鹿真面目に苦しそうな顔をするんだろう)

 もしも私が俄雨の代わりに斬られていたとしたら、俄雨はこうして私のように、涙を流しただろうか。

 私のように、涙が頭痛を誘い、拭ったまぶたは痛みしか感じず、鳴咽がいつしか嘔吐にかわるまで、泣いて苦しんだだろうか。

(俄雨なら、泣いた)

 俄雨なら泣いた。

 俄雨もやはり、雷光を責めずに、守り、慰めながら、アタシの前に立ちはだかれなかった自分を嘆き、静かに涙を流した、きっと。

 だからこれで、良かったんだと私は納得する。

 そう、良かったんだ。

 辛い思いをするのが、彼じゃなくて。


 俄雨が何も気にせず休んでいられるように、私や雷光が今を苦しみぬいている、苦しみぬいてあげている。

 だから私も、雷光も、代わりに報いを期待しているんだ。

 彼の目覚めという、雷光にとっては贖罪のような、私にとっては牢獄の鍵を得るような救いを。

 だからどうか早く、目を覚まして。

 泣きすぎたこの身体が干からびて、渇いた喉が声すら生み出せなくなる前に、どうか。

 どうか、その目を。



fin





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