「なんなんですか本当! いつもいつも纏わり付いて仕事の邪魔して揚げ句意味不明な言葉で苛立たせて! ええ、かわいそうですとも、貴女のせいで仕事が進まずで苛々ばかりがつのってとても!」

「だって…」

 怒鳴られた悲しい気持ちをごまかすように、頭の悪そうな女の子を気取ってみる。

 いつものことだ、が、多分、こういうところがいけない部分なんだろうけれど。

「だって話したいじゃん」

「だからそれが」

「だって好きなんだもん。気付け!」

 消しゴムを引ったくり返し、しとど溢れ出る憤りそのままに投げ付けてみた。

 私の苛立ちを乗せた消しゴムは俄雨の額ですっぱーんと跳ねて、そのまま床に転がる。

 驚く前に思考が停止したのか、俄雨は真顔のまま動揺することなくただ時だけがとまった。

 聞き取れなかったのかなと不安になって、私はさっきよりも少しだけ大きな声で繰り返してみる。

「だ、だって好きなん」

「いいいい一度言えばわかりますかられれ連呼しないで下さい!」

 遠い国から一瞬で帰還を遂げた俄雨は、今度は一気に帰って来られない世界にぶっ飛ぶんじゃないかってくらいで動揺し始めた。

 顔が真っ赤だ。

 肩で息をしている。

「いや、分からないです! 違う、分かるんですけどそうじゃなくて……っ」

「ちょ、大丈夫!?」

 突然咳込んだりして、どうやら急に血圧が上がって苦しいらしい。

 私に支えられよろめくようにして再び椅子に腰を落ち着けた俄雨は、頭を抱えてまた止まった。

 一度肘を置き損ねたのを目の当たりにして可笑しかったけれど、さすがにここで笑うのは堪えた。

 顔を伏してくれていて良かった。

 頑張って作る真顔っていうのは、誰がやって誰が見ても気持ち悪いもんだ。

「だ、大丈夫? 俄雨」

「大丈夫、です」

「水! 今水持ってくる!」







「……ありがとうございます」

「落ち着いた?」

「落ち着きました」

 空になったグラスを受け取って、とりあえずその場に置く。

 溜息一つついて、何事も無かったかのように机に向き直ろうとする俄雨の肩を手握って振り向かせた。

「で?」

「……で?」

 ちょっとまて、スルーか。

「なんか言うことないの?」

「この流れで返事を求めるんですか!?」

「この流れで返事を求めないでいつ求めんのよ馬鹿!」

 鈍感もいいところだ。

 あげく聞かなかったことにしようなど、許すまじき。

 ここまで来たら突き進むしかない。

 正直、ただむきになっているだけとも言う。

 おそらく今私の目はすわっている。

「とにかく、とにかく今は答えられません!」

 ただ言いたいことならあります、と俄雨は続ける。

「普段せめてもう少し静かにしててください! 特に仕事中は! 黙ってればマシに見えますから、好きとか嫌いとか以前に是非そこから始めて下さいお願いですから!」

 一息で言った。

 多分、俄雨も相当勢いだけで言葉を発している……というより、考えることを放棄している面持ちだ。

 調子に乗って、付け込んで見ることにした。

「本当!?静かにしてたらかわいい!?」

「かわいい、かわいいですから黙ってて下さい!」

……恥ずかしいやつ!

 しかし、投げやりでも言わせてしまえばこっちのもんだ。

 しまったと顔を歪めた俄雨の真意は、口先だけで言葉を放ってしまったことに対する後悔か、または本音を零したことに対する動揺か。

 後者であるなら嬉しいけれど、今は私がここにいることを認めてくれた(と私には解釈された)ことで充分だ。

 黙っていることで側に居て良い許可が出るなら易いもんだ。

 出来るなら最初からやれよと冷たく入った突っ込みは無視した。

 残念ながら、黙ってたってちょっかい出すことは出来るわけで。

 憐れ俄雨。





 ずりずりリビングから椅子を引きずって、俄雨の机の横に引っ付けた。

 足を入れる場所がないから姿勢を保っていられずに机に突っ伏して、それから俄雨の顔を見上げる。

 俄雨は何か物言いたげに私に一瞥を向けて来たけれど、黙ってろと言った手前を気にしているのか、私がまた話し出すことにびくついているのか、放置という方法で許可をしてくれた。

 俄雨が私を拒まない。
快挙だ、快挙。

 何度だって言ってやる。

 俄雨が私を拒まない。

 かいきょ。

 しかも、理由がどうであれたまにちらと私に目を配ってくれるおまけつきだ。

 多分、根を詰めすぎない歯止めにはなっている(相変わらず邪魔をしているとも言う)

 なんか恋人みたいだ。

 脳内の若干ぶっ飛んだ部分が状況をそう理解して定着したらしく、顔が綻んでおさまらない。

 えへへと笑う私を見て、俄雨の耳が徐々に赤くなって行く。

 やばいやばい。

 世間一般に、女の子が男の子を襲うなんてシチュエーションはありなのだろうかと真剣に、それはもう真剣に悩んでいたら、ふと目の前の俄雨がもごもごと唇を動かした。

「………………………………そ」

「そ?」

 俄雨は何かを言ったけれど、小声過ぎて聞き取れなかったので、私はもう一度聞き返す。

「……そ?」

「そ………………………わそわするんで、な、何か喋ってもらっても良いですか……?」

「あ、」

――おちた!



fin.
カンナさんへプレゼント!

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