『well-kept secret』
何も深くは語らずに、宵風はたださよならだけを残してこの場所を去って行った。
消えた背中の幻を見つめたまま、寿が私に、静かに問うて笑う。
「宵風に、幸せな時間はあったのかな」
たった一人、悲しみばかりを背負って消えることを望み、例え救われることがあっても、彼がそれを幸せと感じる時間も用意されていないなんて。
「抱きしめた手のぬくもりも、いつかこの指をすり抜け落ちて行ってしまう」
――そんなことを夢見た宵風は、やっぱり可哀相でしかなかったよ。
膝を抱えてうずくまる寿の姿は小さくて、宵風よりも先に消えてしまうのではと私は少し不安になった。
「きっと、宵風は幸せじゃなかった」
「……そうでもないと私は思うよ」
「どうして?」
「どうしてもだ」
寿が最後に彼を抱きしめた時の
お前の知らない彼の微笑みを
彼が隠せば
残酷だけど優しさで
私が隠せば
意を酌んだという言葉に上手く覆われて滲んだ
卑怯ごとだ。
消え行く彼がお前を好きだったこと
宵風は気付いては欲しくなかっただろうし
私も気付いて欲しくはないんだよ。
お前は彼についていってしまいかねない
私“たち”は、それが怖かった。
男の勝手に巻き込まれ
お前にとって最も大切な真実を隠され
何も知らずに悲しむことしかできないお前が
おそらく一番全てを背負った。
fin.