「この間の青少年科学研究発表会、アタシ担当だったのよね。会場で和彦のこと、見たよ」

 編集部にしても、最初からデスクワーク専門の人間が集まってるわけじゃない。

 雑誌系のこういった出版社に就職した奴は、編集と記者を兼ねることがあるのは至って普通だ。

 取材の予定、担当に関しては、俺が関係した出版社のものは全て事前に確認してはいたのだが、変更が起こることまでは気にしていなかった俺が迂闊だったと言うべきなのか……。

 頭上の数字が点灯し、エレベーターの扉が開く。

 続く廊下の正面に、ガラスの出口が見えるが、話を終えていない俺たちは、降りた所で自然と足を止めた。

「翌朝呼び出した時、“昨日何してたの?”ってアンタに聞いたら、別の仕事、って言ったっけ? 会場では関係者のネームプレートつけてたけど、とうていアルバイトには見えなかったかなー」

「知り合いに頼まれて、引率だったんだよ」

「引率が次の日、顔に痣作って編集部来るんだ? 余程凶暴な子が居たのね」

「どこにでも居るだろーが、一人や二人」

「スーツに火薬の臭いまで、付けてくれちゃうような?」

 不適に笑う##name_2##の視線が、嫌に気に障った。

「今日記事遅れたのも、そっちの仕事の所為でしょ」

 いくらその場しのぎの取り繕いをしても、こいつは、「そう? ならそういうことにしておいてあげる」などと言って、誤魔化されてくれないのは目に見えていた。

 不安要素は放置しておいてはいけないから、誤魔化すよりも先に取り除くより他ないとふんだ。

 結果、俺は平静を装うこと無く、きつくなる目線をそのまま##name_2##に向けたが、彼女は動じなかった。

「ばらしちゃおうかなぁ」

 ##name_2##は猫のように目を細めて、綺麗に研がれた爪を俺の腕にたてた。

 が、例え尻尾を捕まれたところで、この程度で怯えるような俺でもない。

 後戻り出来なくなったのは、首を突っ込みすぎてしまった##name_2##の方だと言っても良い。

 たかが女の爪、痛みを感じない程度には鍛えられているから、特に顔を歪める必要もなく適当にその手を振り払った俺は、余裕の裏変えしだとでも言うように、諦めを見せるような溜め息をわざと吐いた。

 獲物を狙う瞳のまま唾を呑み込んだ##name_2##だったが、押し黙ったまま脅しの言葉を重ねてこないところを見ると、人殺しをしてもそれを仕事と言い切ることの出来る俺の正体、彼女は直感でつかみ取っている。

「残念だがなぁ、お咎めにビビリながら動き回るほど、俺は低レベルな人間じゃねぇんだよ。ばらしたきゃさっさとばらせ」

「……分かった。じゃあ、あと頑張ってね」

「てめぇ、死にてぇか」

「ああ、それでも良いよ」

 こちらの警告は、「やってみろよ」と逆に脅しで返された。


 俺は、殺せる。

 殺せる……が。

 俺だって、無闇やたらに殺しをしたいわけじゃない。

 こいつはそれを知っていてわざと俺に挑戦状叩き付けてるっつのか。

「何が目的だ、アァ!?」

……あっさり負けた。


 首を突っ込んできたこの女、隠の世界の関係者と呼べるか呼べないか際どい所にいるが、ここで殺してしまったら大事になりかねない。

 一般人を手に掛けたと捉えられる可能性も高く、例えば、そう、分刀をわざわざ俺の所に出向かせてしまうような大事。

 見逃してもらったらそれはそれで奴らの立場に関わるし。

 かといって、この女を放っておくわけにもいかず……。

 そうだ、今は穏便に、穏便に……相手の要求を聞き出し……

「彼女にしてよ」

「ハァ!?」

 俺の声が、ビル中に響き渡ったんじゃないかってくらいにこだまして聞こえた。


 一般の女には手を出さない。

 それは主義以前の問題で、とにかく厄介だからだ。

 隠すのも、ばらすことも。

 危ないから辞めろだとか、一緒に居たいからだとか、余計な口出しをさせられた日には、もううんざりだ。

 何も分かっちゃいない。

 これが自分の生きる世界であって、それを否定されりゃ誰だって気分悪いだろう。

 分からない女は要らない。

 だから、表の世の女は要らない。

 だから、##name_2##を好きにならなかった。

 だから今も、断ることが当然だと思った。

 裏を返せば、理由はそれだけなんだが。

「もう分かってんだろ、こっちは命懸けの世界に生きてんだよ。お前みたいな一般人、誰が女にするか」

 巻き込みたくないんだ、そう言っているように聞こえなくもないと、修正が利かなくなった後で気付き、自分の台詞ながらに嫌な鳥肌が立つ。

「じゃあ和彦と同じ世界に入ったら、彼女になれるわけね」

「……ハァ?」


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