締め切り間際の編集部には、昼も夜もない。

 真夜中に煌々と光る蛍光灯の下、せわしく原稿が編集者の間を行き交うその中に、俺も自分の記事を加えた。

 今や原稿はメールで送信する時代だ。

 それでも構成などの細かな部分は、パソコンだのファックスだの、余計な電子機器を通すより、直接会って、あーだこーだ話し合うのが何よりも分かりやすく、そして手っ取り早い手段だ。

 それは昔も今も変わらない。

 本職が本職なだけ、いつ急用が入るとも限らないから、たいてい締め切りには余裕をもって記事を書いてはいるのだが、今回はその急用ってのが先に入ってしまったため、俺としては珍しくぎりぎりの書き上がりとなった。

 間に合うかと勢いよく編集部のドアを開けたのが数時間前。

 中を見れば、まだ空白のある原稿に向かっているやつもいて、ちょっと気張りすぎたかと、浴びた注目を苦笑いでごまかした。

 今は手直し等々のやりとりを終え、後はまかせるばかりと帰り支度の途中だ。


「最終」と修飾語はついても、こちら側に知らされる締め切り日はお飾り。

 最悪、印刷会社へデータを渡す前に文章を書き上げれば、雑誌的には何とかなる。

 出版業界に携わっていれば、基本中の基本の知識だ。

 みんなそいつに甘えて、ちんたら作業するもんだから、ぎりぎりで青い顔をするはめになる。

 俺みたいに几帳面に仕事をするやつはマレとも言えるわけだ。

 今回駆け込み的になってしまったことも、「珍しいな」の一言で終わってしまえるのは、つまりは俺の日頃の行いが良いからに他ならなかった。


 俺は未だ編集者たちが奔走して混沌状態のオフィスを悠々後にした。

 エレベーターの扉が開くと、暗い廊下に光が差す。

 来た時既に深夜だったから、外に出ればもう日も昇る頃だろうか……。

 帰ったら寝るか。

 適当なことを一人考えながらエレベーターに乗り込んだ俺は、扉の閉まる直前、オフィスのドアが開いて女が走ってくるのを見て、渋々「開く」のボタンを押した。

「何だ##name_2##。お前も帰りか」

「何言ってるのよ。編集側のアタシが今日家に帰れるわけないでしょ」

 綺麗さっぱり否定した##name_2##の言葉は、単刀直入に「アンタに用事がある」と言っているように俺の耳には響いて聞こえた。

 帰れない、といいながら当然の如くエレベーターに乗り込んで来た##name_2##が、一階へのボタンを押して、扉を閉める。

「ああ? なら何だよ」

「それがねぇ……アタシ、アンタの秘密握っちゃったのよね」

 ##name_2##は、唐突かつ、やはり単刀直入にそう言った。

 隠の世界の人間として、ポーカーフェイスってのはまず最初に習得すべき事項だ。

 結構血の気の多く見られがちな俺も、そこら辺は隠密業らしく、しっかり抑えているつもりだ……が。

 嫌な予感がする。

 そう思いながら、取りあえずまぁ、関心の無い様子を気取った俺だったが、僅かに口の端を上げる##name_2##は、どうやら俺がまとう空気の微妙な変化を読み取っているようだった。

 素人なりの感の鋭さ……。

 才能であるにしても、これは想像以上に厄介だ。

 どの類の秘密がばれたのかは知れないが、これはもしかしたら結構核心をついたことを言って来るかもしれない。

 俺はその内容を探るように、冷めた様子を装ったまま、

「へぇ、どんなだよ」

と言ってはみたが、やはりこちらも単刀直入にならざるを得ない状況に陥っていることが分かっただけだった。

「職業掛け持ち」

 ああ。

……しっかりばれてやがる。

 俺は諦めたように、左手で頭を抱えた。

 フリーライターは掛け持ちが当然。

 それが仕事だし、専属に近い状況になることの出来るベテランはともかく、そうなるまでは細々としたアルバイト的な記事を書いきながら、細かい金を集めて生計を立てるもんだ。

 それが、わざわざ掛け持ちに秘密事項と名目が付くとなると

「アンタ、結構やばい仕事してんのね」

 こういうことだ。


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