例えるならそれは、無色透明。
どんな色でも写し出せるのに、介して見れば世界は屈折し、逆さまに物事を捉らえてしまうような。
それは脆い、ガラス玉。
『無色透明なてのひら』
くすんだ空を見上げた寿は、降り出しそうな雨を心待ちにしているよう。
前見て歩かないと転ぶよと忠告してあげると、寿は「大丈夫だよ」と脳天気な言葉を湿った空気に滲ませながら、俺の腕を掴んだ。
「変な子に見られるよ」
「もともとだから仕方ないよ」
一緒に居る俺も……そんなふうに見られるのかな。
繋がった部分を振りほどくのに体力を使うよりはこのままでいた方が疲れなそうだと、俺は馬鹿みたいに上ばかり見上げてる寿を押して歩道の端に追いやり、並んで空を仰ぐ。
車にひかれない位置。
――電柱にはぶつかるかもしれないけれど。
「……やっぱり普通に歩こうよ」
「あ、壬晴だ」
声をかけた俺の言葉をなかったことにして、知り合いを遠くに見つけたような口ぶりで寿は言った。
……今自分が腕を絡めているのは誰だと思ってるんだろ。
相変わらず意味不明。
宵風のように精神的な分かり難さではない、ただ不規則で捕え所の無い付き合い難さ。
予測出来ない突拍子の無さ。
慣れたと言えば慣れた。
横目に彼女を伺うと、上向きに広げた掌の一点を見つめて他に何も見えていない。
当然そこに『壬晴』が居るわけもなく。
寿は降り出した雨の雫を捕まえていた。
バス停に逃げ込んだ後も、寿は両手に『壬晴』を乗せて遊ぶ。
それのどこらへんが俺に似ているのかはわからないけど、彼女には手にたまる水滴が俺に見えるらしかった。
「無関心って、極めるとどうなるの?」
突然、掌の小さな『壬晴』ではない、俺のことを話し始めた寿の横顔を見て、少し鼓動が速くなるのを感じた。
「心がなくなるのかな」
「どうだろう」
「心がなくなるとどうなるんだろう。そこには居ないことになるのかな」
誰の心にも触れない。
誰にも心に触れさせない。
そうして生きてきた自分だけど、人の心に存在しなくなったことは一度もない。
(なんでだろ……)
「私知ってるよ」
誇らしげに俺を見る寿、その顔がいつも思わせぶりで終わる事を知っていながら、期待できそうにない答えを待つ俺も俺。
「壬晴の心が無色透明だからだ」
答えは、案の定だ。
「それ、理由になってない……」
「なってるよ。だって無色透明ってさ、見えるんだよ?」
色もない、透けたその先も見える。
それはあるのか無いのかもわからない……
「でも、そこにある事はみんなが知ってる」
空気みたく、手に掴めないような抽象的なものじゃない。
とても澄んでいることがわかる、それは存在するもの……。
「私、壬晴の心見える」
締め付けられるような胸の感覚、熱くなる頬と、喉元にこみ上げる何かに言葉を奪われて、否定も肯定も出来はしなかった。
いつしか雨はやみ。
人々が再び歩き出した町並み。
止まっている事の方がおかしく見える、そんな中に生まれ育ったなんて、今の今まで考えたこともなかったけど。
顔を見られたくない、そんなちょっとなさけないことを理由に、俺は寿よりも先に歩き出した。
恥ずかしいから振り返ることはしない。
でもそこに寿が居ることを確認したくてその手を握り、合わさった掌。
生命線の上を、雨の雫が転がるのを感じた。
fin