あの事件以来、雷光はお守りに対する執着を以前程に見せなくなった。
詳しくは知らないけれど、彼が妹さんとの決着をつけたらしいあの日――俄雨が目を閉じたままになった、あの日から。

彼の宝物であったはずのお守りの束の行方を一度聞いてみた事がある。
帰って来た返事は、私が想像していた通りのもので。

「お守り?ああ、全部俄雨のところに置いて来たよ」

何かと握りしめていたその小さな錦を手放し、刀を捨て、袴を脱いだ雷光の姿はとても不自然で、物足りないものに私の目には映っていた。
嫌いになったとかではない。
そうではなくて、だって、人間いくらきっかけがあったとしても、そこまで簡単に変われるはずなんてないのに――。

『for you...』



「そんなわけでね、私雷光にプレゼントがあるの」

私はソレを包んでいた両手をわざとらしく開いて、雷光の目の前に差し出した。

「……それは何だい?」

「お守り?」

「うん、そうではなくてね、書いてある文字の方だ」

「え?安産祈願でしょ?…うわっ!」

容赦無く私の顔面を目掛けて飛んだ彼の拳を間一髪で避けた。

「たんまたんま私彼女!彼女だから!」

「ああ、ごめんつい」

と言葉では言っても、雷光のこの殴り癖が治ったためしはない。
容赦だけはしているのか、何とか避ける余地はあるけど、際どいのは何回もあった。

雷光はあたかも自分の意思とは別に手が動いたと言わんばかりに、不思議そうに左の手の平を見つたまま―――私のプレゼントを受け取る気配は無い。

「私が知らないだけで、お前は天然だったのかな。それとも意図的にかい?」

「や、やだなぁただの冗談でしょ?」

「ああ、時々私はお前を尊敬するよ。冗談の為に本当にそれを買ってしまうお前をね……」


雷光は私の手を両手で優しく包むようにしながら、中のそれだけを抜き取り、ありがとうと微笑んだ。

「うん、私もね、お前に贈り物があるんだ」

「はい」と言って雷光は私に何かを差し出し――

「ってそれ今私があげたやつだから!しかも安産祈願って立場逆だと超微妙!?」

「お前が持っていた方が有効だと思ったんだ」

「話が生々しくて何かすごく嫌!!」

一向に受け取らない私を見て、雷光はとてつもなく憂いだ顔を私に向けた。

「でもね、本当に要らないんだよ、私には」

「…う」

……だろうね。
いや、素直に受け取ったら私はそっちの方が神経を疑う。

一度はありがとうと受け取ったものを喜べと言わんばかりに返して来る時点で、既に常識外なのだから、これ以上におかしな部分は無くて良い。
……まあ、先に仕掛けたのは私の方だけど。

「違うんだ、そういう意味ではなくて」

「…え?」

雷光はゆっくりと目を閉じて、

「……ありがとう」

元気づけてくれようとしたんでしょう?

静かに囁きながら、さっきと同じように私の手を両手で包んで、渡したはずのその小さなお守りを、今度は私に握らせた。

「私は、お守りはもう要らない」

私には、代わりがある。

雷光はそっと私を抱きしめた。

「……」

子供みたいに笑う雷光の有りのままの表情が素直に嬉しくて、私は熱くなる顔を背けて隠し、仕方ないなぁと私は手の中の物を強く握った。

「仕方ないからぁ、受け取ってあげる!」

心躍る気持ちでそう言った私の耳元でくすりと笑った雷光の息が、私の耳たぶに絡む。
いつもは様々に神経を張り巡らしているつもりの私も、浮かれた状態では感覚が鈍るらしい。

それでも私は、瞬間、少なからず嫌な予感を感じ取っていた。

「――寿、知っているかい?清水では女が安産祈願のお守りを受け取ると、男と婚(よばい)を約束したことに」

その日、現在に至るまで散々に否定してきた雷光の殴り癖を、私は初めて理解してあげることが出来た。



fin.

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