奥手…。
普段は自分のためにあるような言葉だと照れ笑いと一緒にその単語を飲み込む僕でも、それ以上にしっくりくる人を前にしたら、自分の不器用さも忘れ自ら喋りかけてしまう。
それも人の習性と言えばそれまでだ。
「##name_2##さんはそういうの興味ないの?好きな人とか、好きなタイプとか…」
彼女は、「タイプ…」と一度の作業する手を止めて、考えるように黒い瞳を回した。
「私のこと好きって言ってくれる人、かな?」
「…それ、誰でも良いってこと?」
「うん」
……大問題だと思う。
クラスの誰か一人が勇気を出せば、たったそれだけで彼女は誰かのモノになるらしい。
自分の本能よりも、安心を取る。
彼女のことなんて僅かにしか知らないけれど、でもとても彼女らしいのかもしれない。
「あ、でもストーカーとかは無理かも」
「論外だよ」
彼女の言っていることが今までと同じように本当なのだとしたら、言わばそれは究極の…早い者勝ちだ。
「私は待ってるだけ…って、ずるいかな。でもその人にとって私が一番なら、それでいいや」
途切れ途切れに続く言葉が、僕の胸の裏辺りを変にくすぐった。
いつの間にか仕事を全て終わらせた##name_2##さんが音を立ててノートを閉じた。
風が吹き抜けるような音と共にカーテンが開けられ、そして訪れた沈黙。
その時、赤い逆光に照らされた彼女のシルエットだけが、僕の目に映る全てだった。
早い者勝ち。
そう考えるだけで、特別気になっていたわけでもないのに、自分が一歩を踏み出さなければならない気になるのは、不思議だ。
そう思った時の胸のざわめき、忘れることはない。
あの予兆が、思えば僕にとっての始まりだったのだろう。
「それって、その…僕でも良いのかな」
「好きじゃないのに?」
「好き…になるよ」
とても変な感覚だった。
お互いに恋愛なんてこれっぽっちもしてないのに。
同じことを思ったのか、##name_2##さんは今始めて抱いたらしい、彼女自身が口にした条件と、今の状況をおかしいと思う気持ちの矛盾に、複雑そうに微笑んだ。
返事はなかった。
それでも当たり前に僕と時間を過ごすようになった##name_2##さんに、僕は次第に落ちていったんだ。
初めて僕が「好きだよ」と伝えた日、彼女は「やっとだね」と笑ってくれた。
今、僕は彼女が好き。
一方通行なんかじゃない。
彼女が僕を好きでいる条件は、僕が彼女に「好き」と言い続けること。
それはとても簡単で、単純明解な僕らの関係。
fin