『慢性マゾヒズム』
仲良さそうに兄妹喧嘩を繰り広げる雪見先輩と和穂を目の前に、妹との過去が私の脳裡を掠めた。
羨ましいと思う程私はもう子供ではないが、全くの他人事としてその光景を目に写せる程、割り切れている訳でもないらしい。
自ら壊した平穏だというのに、私は未だ物事を想い出に重ねる癖を直せずにいるわけだ。
未練がましく、温かく懐かしい記憶に浸っては、妹にすら手を掛けかけたその罪に捕われ生きて行かなければならないこれからの現実をやり抜くための鋭気を養おうとしている自分。
私は彼らをほほえましいと思う気持ちだけ表に出して、情けない自分は握った掌に留めておいた。
本当は辛い、のかもしれない。
けれど、
「私は現状に満足している」
そうあまりにも長い間自らに言い聞かせて来たせいか、自分自身がどう思っているのかすらもうわからない。
「気をつけて下さいね」
と云われれば、中身のない笑顔と一緒に「大丈夫」と返すことがルールの楽天家も、そろそろ終いにしないと本当に自分を見失ってしまいそうだ……。
大丈夫ですよ。
私は決められた台詞をなぞらえるように、そう口にすることしか出来なかった。
だから、今の私を否定した俄雨の声を耳にして我に返ることが出来た自身に、平生を装いつつも私は安堵していた。
このままではいけないなど、自分が一番わかっている。
ただ、一人でこのやり切れない感情をどうにかするにはもう手詰まりなところまで来ているし、ぬかるみに片足だけ踏み入れて動けなくなっているような心境では恰好悪すぎて人に助けなど求められたものではない。
「馳走になりました」
そう云って外へと出るとき、前を向いてはいても私は一体どこを見ていたのだろう……。
扉を明けて一度足を止めた私を、俄雨は追い掛けては来なかった。
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