*死ネタ注意





 尽きた線香の灰と僕の手の中でしおれる菊の花は、たとえ小さなものであってもゆきみの目を引くには充分な代物だった。
 おおよそ関係のないことと思いながらも、彼はきっと僕に聞かずにはいられないだろう。
……誰か死んだのか?
 それを聞くことが人の絶望感を和らげるわけでもない、下手をすれば重層的な失望を招いて、とばっちりをも受けてもしまいかねないのに、人は逃げられないことのようにそれを知ろうとする。
 それが人間の性だ。
 僕なら聞かないと思った。
 素直に『誰が死んだ』と聞いてきたら、答えを教えてあげようかと考えていた僕の声は行き場を失い、代わりに胸の内だけで質問に答えを返した。
 死んだ……?
 違う
 生まれたんだ






『誕生日に贈る花』







「宵風、泣いて…るのか?」

「そう」

 感情を棄て、禁術に喰われるだけのイケニエとされたこの僕が、人前で、何の躊躇いも無くただ静かに涙を流すこの光景はさぞ異様なものだっただろう。
 一度も泣いたことなどないんじゃないかなんて周囲にも言われてきたし、自分自身そんな気がしてる。
 世界に生まれ落ちたその時に人が涙を流すというのなら、僕は今まで生きてはいなくて、そもそも僕にそんな日があったかどうかすら怪しい。
 だから今日が、僕の誕生日なのかもしれない。
 おめでとう、と、覚束ない唇をかたどってみる。
 おめでたいかは分からないけどと先を付け足して。
 慣れない台詞に舌が絡みそうだった。
 祝福の言葉を呟くと同時に、死ぬことを認められたような気がした。
 目の前でちらつく菊の黄色は意外と僕に似合っていて、それは寿からの誕生日プレゼントだったのかもしれないとも思う。
 世界中のどんなものも、僕の欲を掻き立てることなど出来ず、だからこそ、ひねくれたように僕の願いは“世界からの離脱”ただ一つだけだった。
 そしてそれが叶う時が来ると信じて止まなかった。
 たったひとつの誤算と失敗は、代価として寿を失うことで二人の間だけで留まったけど、誤算はやっぱり誤算だった。
 でも僕は、その結果に後悔するどころか満足してる。
 寿が死んだこと、それから僕の切望が失われたこと。
 まともに命を感じた事の無い僕には生も死もよくわからなくて、ただ人が動いているかいないかそれだけだと思っていた分、誰かの生死で人が喜んだり絶望したりする様は僕にとってはとても不可思議なものだった。
 極限まで追い詰められた感情を見たくて人を殺し、殺せば殺す程に薄れていく僕の何か。
 苦しいや辛いじゃない、僕の何かを探そうと思ったのが全ての始まりであって、終わりだ。
 漠然と手で追っても決して得ることは出来なくて、だから、一番僕の“近く”にいた寿を“指差し”てみたら分かるような気がした。
 思いもよらない相手から告白を受けた少女を思わせる、とても間の抜けた顔。
 自分が禁術の標的となったと知りながら寿は、
“私でいいの?”
と告白の返事をした。

 時間が経つにつれ美化されて行く想い出だとか、脳裏に焼き付き永遠に崩れないままでいる笑顔だとか、そういったものは僕には無縁だったみたいだけど、代わりに僕は最期まで聡いゆえに馬鹿だった寿のことを一生忘れない。

“泣いたら教えてね”

とだけ呟いた寿は笑ったままで目を閉じて、そのまま開くことはなかった。
 なんて嬉しそうな顔なんだろうと思った。
 少しずつ冷えて行く寿を腕の中に感じて、人が『動く』から『動かない』に変わること、一目瞭然の違いを肌で感じて。
 死人に贈る花を目の前にし目を閉じて、膝に顔を埋めて、やっぱり涙は止まらなかった。
 ただひたすら、悲しかった。
 そしてそれが、どうしようもなく嬉しかった。

 消える最後を失い、死ぬ未来を手に入れた、それが僕の誤算だ。
もう二度目は無い。
 なぜなら、寿はもういないから。

「寿……」

 僕、泣いたよ。





fin



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