「嘘吐き」

 しんと静まり返った誰もいない教室に、澄んだ声が冴え渡り、満ちて消える。
 ##name_2##さんのせいで仮病を語るはめになり、体育の授業も休まざるをえなくなった僕の、保健室に行く前の僅かな一人の時間を諸悪の根源が邪魔をする。
 外的要因によって授業を休まなければならない僕と違って、##name_2##さんのは内的要因、と言うのは彼女の口癖で、なんと言うかつまり、ただのサボりだ。

「うそつき」

 ##name_2##さんはもう一度ゆっくりと繰り返した。
 人を殺せそうな程研ぎ澄まされた声色であるにも関わらず、どこから来るかもわからない余裕がもたらす丸みを帯びた声が僕の背中を撫でた。
 それは僕を指すには確実で、的を射た呼び方だとやけにしっくりときた。
 例えどんな喧騒の中で呟かれたとしても、僕はきっと聞き分けたことだろう。

「何のこと?」

 普段通りの自分の言葉が今は、宙に浮いたかの如く不安定に思えて聞こえ、少しだけ不安になって##name_2##さんに視線を向ける。
 彼女が微笑んだところを見ると、向こうにもその浮遊感は届いてしまったらしい。

「そのキャラ似合わない」

 今までだったら、殺されに来たのかなと素直な疑問が生まれるところだけど、どんなにかんに障っても“彼女だから”と許し始めた自分が居る。
 それは##name_2##さんが意外と鈍感で、絡んで来るわりには思ったよりも僕の本性を掴みきれていないこの情況を僕自身がよく知っていて、同時にそのことを楽しみ始めたからだろう。
『相澤虹一』が偽りの塊だと気付いてはいても、何者かは知らない。
 煽るような挑発的な視線で隠しているけれど、その神経が少々的はずれなところで研ぎ澄まされているのがよく分かる。
 時々関係のない人間がその切っ先に触れて、無駄に傷ついている様子を僕はよく目にした。
 例えば、さっきみたいに。
 歪んだ好奇心だ。
 お互いに。
 一般人には興味の無い僕も、変に殺気じみた好意をちらつかされては、目を向ける他ない。
 彼女は鈍いが、とてもあざとかった。

「だからさ、何のこと?」

 とても自分の言葉に近いけれど、完璧には僕じゃない物言いですり抜ける。
 少々地が現れ過ぎているのは否めないが、尻尾を掴まれるにはまだ遠い。
“嘘吐いたのは君でしょ”
のフレーズを引き出せたら、それが僕の本当の言葉だ。

「本当はさ、何してたの?学校休んで」

やんわりと、しかし思いの外率直に核心を問いながら僕の方に身を詰める##name_2##さんから、僅かに酸味を含んだ柑橘系の香が漂い鼻を掠めた。
 似合わないようで、とても似合うと思った。
 甘酸っぱいのではなくて、甘みと酸味を同時に味わっているような、そんな感じ。
 踏み込ませたらどこまでも僕を掻き回しそうな危険な香が漂っているのに、どこかネジの外れた彼女特有の愛嬌をよく表している。

「相澤くんは、嘘を吐く時とごまかす時、必ず一回右手をぎゅって握るんだよね?」

 僕の顔を覗き込んで首を傾げると実際は僅かなはずの香が強まって、鼻腔を伝って脳まで侵していく。

「前にも言ってたね、それ」

 僕は逃げるように一歩身を引いて視線を逸らした。

「よく気付いたよね、そんなどうでもいい仕種」

 綺麗に唇が弧を描く整った輪郭の柔らか感じは、僕のする笑みによく似ている。
 しかし相手を威嚇する目的でそれを使う僕とは違って、彼女にはただ他の誰も知らない僕を垣間見て喜んでいるという無邪気さだけが漂う。
 そう、彼女は多分喜んでいるだけ。
 彼女だけの僕を見つけることを。


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