『可愛くない人』
「相澤くん、昨日学校休みだったね。風邪?」
こちらの心境をかえりみずに話し掛けてくる、どこまでもおしゃべり好きな女子は好きじゃない。
普段から極力心を読まれないような努力しているから、普通の人間が僕の起伏を感じられないのは当然にしろ、そうでなくたって自分勝手に話題を持ち出してきそうで、それはそれは疎ましい。
だいたい知ってどうするんだろう。
僕は困ったふうに作った笑いを返すしか出来なかった。
「なに?怪しー」
「べ、別に何でもないよ」
まさか人殺しに行ってましたと正直に答えることは出来ず、かといって話をでっちあげれば後々の配慮が面倒になるから、とりあえず口ごもる。
部活の関係で、などと詳細を全部省いた真実を述べておけば、顔見知り程度の関係でしかないクラスメイトのこと、それ以上に会話が発展することもないだろう。
日々の会話は、僕にとっては真実を隠す為の手段でしかない。
「相澤くんて嘘吐けないよね」と彼女は笑うけれど――
人間、他人を欺くことなどたやすい。
一度人に植え付けたイメージとは中々簡単に変わるものではなく、それ故に楽で、誰にも疑われない便利な僕の表の顔。
『嘘を吐けない少年』はとても使いやすい。
強いて言えば存在自体が偽りなのに、それを皆が発見した『相澤虹一』だと思い込んでいる状態は快感だ。
だから、予定通りに“部活で――”の下りを口にしようとしたのを謀ったかのタイミングで別の声に捩伏せられたこと、僕は珍しくカチンと来た。
「風邪こじらせて病院行ってたんだよね?雲平先生から聞いたよ」
春先だというのに厚く巻いたマフラーが浮いて見える、白い息でももらしそうな登校したての姿で席につく##name_2##さん。
してやったりと歪めた口元が、分厚い防寒具の中に透けて見える気すらする。
横にいたクラスメイトが##name_2##さんの威圧的な態度に顔をしかめたのも当然だが、僕にはそんな他人事はどうでもよくて。
(勝手に嘘吐かないでよ…)
適当に話を作っても、“雲平先生が言ってました”を加えれば他の生徒が信じてしまうのを、##name_2##さんはよく知っている。
これで僕は今月、彼女のせいで三回風邪で欠席した。
僕はクラスメイトから死角になってるのを良いことに、##name_2##さんを睨んでやった。
「あれ?相澤くん体…」
「##name_2##さん、また二時間目登校だね」
第三者を無理矢理かやの外に置いた僕を##name_2##さんは満足そうに見つめた。
「寝坊じゃないよ」とぐるぐる巻きのマフラーから少しずつあらわになる顔は、不思議なくらいに僕の想像した通りに笑っていた。
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