もしも手を引いていなかったら、もっと酷い事になっていたかもしれないし、もしかしたら無傷でいたかもしれない。
 とにかく俺は倒れ込んだ寿の体を抱き上げ、戻ってきた宵風が上げかけた人差し指を下ろさせながら、仕込みの煙幕を一気に使い切り、一か八かの逃走を試みて……今に至る。

「だからぁ、ごーめーんー」

「…殴られてェか?」

 悪いのは寿じゃない。
 分かっているのに、顔を見ているだけで物事が全部こいつのせいに見えてくる、彼女はそんな天性の才を持ち合わせているようだ。

「ごめんね?」

「寿…」

 今日も、今までにも聞き飽きるほど聞いた言葉を繰り返す寿の頬に手を添えた。

「……お前はそこでニヤつくから宇宙人なんだよっ」

「あたたた痛い痛い痛い!」

 治療中だったことも忘れ、俺は手にしていたガーゼなんかもほっぽり出し両手で寿のほっぺたを力いっぱいつねってやる。
 にも関わらず彼女は相も変わらず笑ったまま。

「だってねーやっぱちょっと嬉しいでしょ、こういうの」

 俺に助けられるのがってことか?

「あーあ、そんなこったろうと思ってた…」

「それもそうだけど」

「…はァ?」

「雪見がね、ひざまずくのが。私の目の前に」

…本気でぶん殴ってやろうかと思った。

「って、まさかお前そのためにわざわざ」

「ち、違うって!」

 微妙などもり。
 彼女のこれまでの行いが行いだけに、妙に疑わしく感じる。

「本当かよ」

「本当本当!」

「嘘くせェ…」

 一旦投げ捨てたガーゼを再び手にして、消毒液を染み込ませた。
 会話に区切りがついたと思っての俺の行動も寿にしてみれば関係もない。
 だいたいそんな空気の読めるような奴だったら、俺もこんなに苦労しねーっつーの。
 寿が会話を途切ったのは、血の臭いがアルコールに紛れて消えた一瞬、滲みる傷口に、もれるはずの悲鳴を飲み込んだ僅かな瞬間だけだった。

「今回は雪見が先に行って手を引いてくれたけど、やっぱり次は雪見が後を走ってくれれば良いと思うんだよね」

「まだその話か」

 まぁ、確かに、それなら寿が怪我をすることもなく、俺もかばってやりやすく

「ってお前また面倒かける気か!?あ!?」

「違ーう!人の話は最後まで聞く!」

“こいつだけには絶対に言われたくない”と思ってい台詞を張本人に言われ、俺は思わず口をつぐんだ。

「私が先に行くでしょ?で雪見が後から来るでしょ?

そうすると、怪我をするのは雪見なわけ」

「意味わかんねェよ宇宙人!」

「でもね、そしたら今度は私が雪見をいたわってあげるんだよ?」

「“すごいでしょ”みたいな顔して言ってんじゃねェ!」

「でも、そうしたら今度は私が雪見の前にひざまづくんだよ?」

「……」

「あ、今ちょ」

「思ってねェ!」

 そんな事になってみろ、ひざまずくくらいじゃぜってー許さねェから。
 絶対に後悔させてやると胸の中で呟きながら、頭のどこかではかりごとを巡らし始める自分が居たりもした。




fin.

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