仕事はたいてい夜だから、用事のある日は日中を持て余すことも少なくない。
そんな時に彼女と共に入る喫茶店は格別で、隠も表も関係ない、何の変哲もないただの恋人同士のように過ごせるこの時間が、私はとても好きだった。
『専売特許』
私はカウンターに肘をついて、隣でシフォンケーキをつつく彼女の横顔を見つめた。
「ねえ。いったいどこをそんなに気に入ったのだろうね」
寿は振り向きもしないで私の言葉を聞き返した。
「何が?何を?」
「寿が、私を」
一瞬硬直したあとやっとこちらを向いた寿が僅かに眉をひそめたのは、照れ隠しか、または無意味な私の言葉に呆れたその証拠だったのかもしれない。
「…意外にベタなこと聞くね、雷光って」
「そう?」
素朴な疑問。
言葉にも気持ちにも意味なんていらない。
だからこそ、普段は決して言わないようなことを口に出してもらうのも、たまにはいいかなと思った。
まさか、「全部」なんて少女漫画みたいな返事を彼女に期待してるわけでもなし、何が出るか、といった緊張を伴った、ただの好奇心。
「んー、私にゾッコンなところ?」
……まさか、そう来るとは思わなかったけれど。
「それが私と共にいる理由?なら寿はずっと私のことを好きなままだ」
からかうように言ったつもりが、寿は全く動じない。
むしろより嬉しそうに微笑んだ寿の顔が本望だと言っているように見えたのは、自分自身の欲のせいか。
「ずっと? 雷光を?」
「嫌?」
「嫌……じゃない」
その笑い方は反則だ。
そうやっていつも私の心を捕らえて止まないから、手放すにも手放せなくなる私の居場所。
そんな気持ちをゾッコンなんて軽い言葉に置き換えられてしまうとするなら、それでもいいのかもしれない。
「そういう雷光は?」
どうしてお前と共に居るかって?
どうだろうね。
「寿は何でだと思う?」
「ずるい、それ」
「ずるいは寿の専売特許だ」
けれど私の言葉を聞いて寿が見せるのは、相も変わらず穏やかな笑み。
目にした瞬間、既に負けを直感していたような気もする。
「じゃあその名誉に恥じないように……」
「何?」
「正解したらキスして」
……だからずるいって言うんだ。
寿はまだ答えも言っていないのに、私の頬にそっと手を添えた。
「ん、と。雷光にゾッコンなと」
「当たり」
内容を吟味せずにさっさと唇を重ねた。
心にあった言葉とは少し違ったような気もするけれど、あながち間違いではなさそうだったのでとりあえず正解ということにした。
胸の内のどこかでは、「全部好きだから」と破顔する少女のような彼女を期待していたようにも思うけれど、そう簡単にはいかない、のだろうね、まったく。
彼女のペースに流されてみるのも悪くない。
シフォンケーキの香りに溺れる、そんな時間。
二人だけの昼下がり。
fin.