『同じスピード』
「また怪我してる…」
突然連絡なく授業を休んでは、ふらりと舞い戻ってくる近頃の壬晴。
何事もなかったかのようにしれっとした顔で席についたかと思えば、その頬や教科書を整える手に生傷をこしらえていたりと、尋常じゃない様子が続く。
忍道部、表の世と隠の世…。
そこまでの情報をこぎ着けたところで、
“お前の知ることじゃない”
と帷に冷たく釘を刺された寿は唇をかみしめ押し黙ったものの、彼の謎に迫ることを諦める気にもならなかった。
席に腰を落ち着け一現の授業の準備を淡々と進める壬晴の横に立ち、その小さな顔の上では余計に目立つ、白くふくらんだガーゼを指さした。
「大丈夫?それ…」
「大丈夫だよ、別に」
まるで興味なさそうに言った壬晴は寿の顔を見ることもせず、そばにいるはずなのに会話すら拒まれた寿は一人取り残された虚しさに顔をしかめた。
うるさがられて…いるのかもしれない。
けれど、自分の知らないどこかで物事がすべて進んで行くことの不安や、その物事を自分だけ知らない嫉妬心、そんなものに心を支配されて行くよりかは嫌われる方が幾分マシだと割り切って、寿は自分がここにいることを忘れているかのように黙ったままでいる壬晴にもう一度声をかけた。
「危ないこと…しないでね?」
「大丈夫だよ。先生もいるし、それに雷鳴や虹一も一緒だし」
「……」
異常なまでににこやかに言葉を返した壬晴。
笑顔のままゆっくりと瞬きをし、目を開いた彼が次に目にしたものは、背を向け駆け出す寿の後ろ姿だった。
「もっと他に言い方もありそうなのに」
どこから現れたのか、教室を後にする寿を目で追う壬晴の背後に雷鳴の声が響く。
「あれだけ壬晴のこと気にかけてるのに、自分はいりませんなんて言われたらそりゃあ逃げ出したくもなるよ」
「壬晴くんは優しいだけだよ」
後ろに気をとられていた視線を前に向け直せば、こちらもまたどこから現れたのか、先ほどまでは影も形もなかったはずの虹一の姿が目に入る。
「そばにいたら巻き込んじゃうかもしれないしね」
勝手な理由付けをして満足そうにしている虹一のことはとりあえず放っておいて、壬晴は
(そう…なのかなぁ)
と胸中につぶやいた。
よく分からない。
いや、少なくとも巻き込みたくないからというのは少しずれている気がする。
「虹一は分かってない!壬晴は絶対好きな子虐めるタイプだ!」
と主張する雷鳴の意見の方が、どちらかというとしっくりくるわけで。
さっきみたいに意地悪く突き放した次に顔を合わせたとき、声をかけると必ず頬を赤らめる寿の表情が好きだから、なんていう理由が一番それっぽいと感じる。
冷たくすればするほど効果が表れるらしいのがまた楽しい。
うつむき加減に校庭を横切る寿を窓から見下ろした。
自分から誰かに夢中になるのは怖いから嫌だ。
だったら誰かが自分を追いかけてくれれば良いと思う。
同じスピードで歩いてなんかやらない。
俺は必死になってついてくる君を待つのが好きだから。
次に合ったらどんな優しい言葉をかけてやろうかと、壬晴は弛む口元を抑えきれずに手で覆った。
fin