犯罪者が、自分が罪を犯したその地に戻る心境というのも、今の私にならよくわかることだと思う。
 一度は後にした場所へと、無意識に足が向かう。
 私が一族を滅ぼした場所。
 そして、妹を斬った場所。
 そこは
 私が罪を犯さずにはいられない場所。






『発作的サディズム』









 舞い戻ったそこで私がまず目にしたものは、佇む先客の影だった。
 夏から秋への移り変わりに吹くどこと無く冷たい風に無防備に身体をさらす少女の後ろ姿に、私は声をかけた。

「寿…」

 何故ここに、などと愚問は問わない。
 彼女は“なんとなく”と、そう答えるだけと知っているから。
 振り返った寿は、その手に一輪の花を携えていた。
 彼岸花に酷似した……でも、色の白い花。

「白彼岸花」

 彼女はそう言って微笑み、踏み荒らされた花達の中心にそれを置いた。

「ここには赤ばかりだから…」

「そうだね」

 赤ばかりだ、 気が滅入る程に。
 殺された父の血も、母の血も、私が放った焔の色も、焼き尽くした彼岸花も。
 妹の胸から飛び散った血も、しかり。
 そしてまたこの地に、赤みを増した死人花が咲き誇る。
 だからといって、わざと同じ種の、白を選ぶ寿。
 ひねた素直さがやけに彼女らしいと思った。

「鮮血の赤と、死装束の白。合わせると祝福の色彩になるだなんて、なんだか皮肉だね」

「…うん」

 寿が供えた白い花は、その一本だけが綺麗に洗われ色を落としたよう。
 汚れることない花。
 後ろめたさを押し殺して、その一輪に手を伸ばした。
 寄ってみて初めて気付く、踏み荒らされた花たちから漂う乾ききらない妹の血の臭い。
(雷鳴…)
 容赦はしないなどと心に決めながら私は、妹が『理由』を聞いてくれる事を胸のどこかで望んでいた。
 変わらない彼女を目にして、私に出来たことは彼女を傷つけ我聞を奪うことのみ。
 私はいったい……何がしたかった?
 知って欲しいもどかしさに苛立ち、想いを無駄にし隠の世から立ち去らない妹に苛立ち、結局は刀を振るうしかない自らに苛立ち。
 思い通りにならない不満が、私の心を支配する。
 乾いた血臭が肺に入り込んで、その不快な感覚が吐き気を誘った。

「すまないけれど、少し…」

 痛む胸を、指が食い込む程に握りしめた。

「…離れておいで」

 情けない顔は、どうか見ないで。
 立っていられずにうずくまった私の隣にしゃがみ込んだ寿は、こともあろうか私の顔を覗き込もうと、その顔を傾けた。

「おやめ…」

「らい…」

「おやめったら!」

 反射的に彼女の腕を引き込んで、仰向けに倒れたその視界を手の平で奪った。

「雷光、前が…」

 視界に光を入れようと私の腕を掴む彼女の仕草を拒むように、私はいっそう瞳を押さえる手に力を込めた。
 胸を締め付けられる私の発作は落ち着く兆しを見せず、抑えようとすればするほど呼吸が乱れて息が上がる。

「雷光っ」

 指を掻く寿の五月蝿い手を無理矢理からめ捕って、有無を言わさずに頭の上で押さえ付けてやった。

「…動け…ない…」

「動くな」

 寿の肩に顔を埋めて隠し、彼女の視界を奪っていた手を外す。
 木々に覆われた空を見上げたまま涙を滲ませたその瞳を視線の片隅に入れた瞬間。
 生まれたのは、ただひたすらに純粋な、『欲望』と言う名の黒い感情だった。

 シャツの中に侵入した私の指に驚いて声をあげる寿を無視し、中をまさぐって弄ぶ。

「や…だっ!」

 本気で抵抗して来る寿に欲を逆なでされ、しかし同時に自身の感情が冷めて行くのがはっきりとわかった。

「らい…こう…っ!」

「五月蝿い」

 脇に差した白我聞を一気に引き抜いて地面に突き立てたその刃は、寸分の狂いなく彼女の首筋の静脈を狙う。

「…っ」

 ほら、

「……逃げてお見せ」

 逃げられるものならば。
 僅かに動いただけでも皮膚を裂く我聞に動きを奪われた寿の身体は、抵抗も出来ずに私の思うがまま。

――理想を踏みにじられ、信頼を寄せた者に裏切られ、愛する妹は、私を理解することを拒む。
 決して上手くは運ばない物事の中で、お前は私に与えられた唯一の、私の私欲を満たし得る存在……。
 けれど

「やだっ!ねえやだったらぁっ!」

 思い通りにならない物事への、苛立ちと、欲望のはけ口に、彼女を利用するなど、あってはならないのに…。
 彼女の心の叫びが、寿の爪と共に私の腕に食い込む。
 我慢出来ずに身をよじらせた彼女の首筋に細い液体が伝い、白彼岸花の花弁をその色に染める。

(赤……)

「……っ」

 染まった赤を、再び洗い流すのは彼女の涙。

「……ごめ…」

「雷光…」

「……ごめん…、ごめ…っ」

 分かっている。
 でも
 止まらないんだ。

「寿…!」

 私はお前への愛の言葉を、ただの一つだけしか知らない。
 お前は理解してくれないかもわからないね。
 お願い。

「私にお前を壊させて…?」

 女人特有の白い脚に、伝う赤い血を、祝福の色と名付けても良いかい?
 答えは、苦痛に耐えながら私の背中に回された華奢な腕の中、付け込みたくなる程の優しさの中に垣間見た気がしたのは、私の思い込みかな。







fin.





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